ココロド_黄月家K's weblog

考えすぎ? ココロド_心理カウンセラー_黄月家Kの 思考いろいろ、ものづくり、カウンセリング心理学、時々庭、時々日記です。

巣箱と、自己洞察と、傾聴トレーニング

今日は、2/29 4年に一度のうるう年ですね。
weblogを今月1回でも書くことができて、なんとか、間に合って、よかったです。

巣箱。
子どもが、国立市市民祭りに行った時に、巣箱を出店のコーナーで
なんと無料で作らせて頂きまして、その巣箱に、色や加工をしまして、
こんな仕上がりになりました。制作は、うちの子ども(小学低学年)です。

屋根は、葉っぱ、壁は、張り板風の仕上がり。

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葉っぱの境目は、彫刻刀で溝を、私が掘りました。
入り口、穴の下に、止まり木もつけて。

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庭の木に、つけてみました。

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とりさん、来てくれるとうれしいです!。

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最近は、心理カウンセリングの養成講座が、いろいろ架橋に入り、
心理カウンセリングを行うための、傾聴トレーニングを受けたり、
交流分析の講座が架橋を迎えたり、
自分自身が、習った心理学論理を用いて、自己洞察を深めたり、
先生に心理カウンセリング受けながら、自分の問題に取り組んだり、
なかなか、心が、ざわざわと、していたこの頃でした。

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最近気づいたのは、

「人の心を動かすのは、心だ」と言うこと。

気づいたというより、思い出したという感じです。

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傾聴トレーニングのエピソード

最近、心理学の講座をうけつつ、
心理カウンセリングのトレーニングをしたりしています。

カウンセラー役(CO)も、クライエント役(CL)のやります。

その中で、
私がカウンセラー役をして、CL役の方の話を傾聴します。

が、CL役の方が、どんな悲しいと言っても、
どんなに、怖いと言っても、
そういうお話しを聞いても、共感できない自分がいました。
そんなこんなで、自分は、失感情ではないかと、気づいたわけです。

それで、次の回に、
私がCL役をして、人の話を聞いても何とも思わないことや、
昔はいろいろなことを感じて、音楽やCGの活動をしきたけど、
今は、何も感じないという、自分の中が、がらんどうで、空虚だと感じること、
を話しました。

トレーニングですと、
心理学理論に沿って分析し、適切な療法や技法をどう適応していくかを
考える、「見立て」をします。
つまり、分析されて、告知されるということになります。
これ、私結構私には快感なんのですが、
普通のカウンセリングでは、
CL自身がまだ気づいていない自分の心の状況をや見立てがあっても、
CLが受け入れられないので、見立てをCLに話すことはしません。
私が快感に感じるのは、自分が失感情だからかもしれません。

トレーナーの見立てでは、
私の感情が沸き起こらない状態を、心理学理論に置き換えると、
「防衛機制の隔離」という心の状態と分析し、
適応する療法を、「フォーカシング」としました。

「隔離」とは、
受け入れがたい感情部分を切り離し、
体験にまつわる感情を麻痺させる無意識的な心の働きです。

「フォーカシング」とは、
感情や、気持ちの言語化が難しい段階の人のための療法で、
身体の感覚を感じていただき、その感覚にしっくりくる言葉を探し、
自分の心に気づくという、
療法なのです。

私、これまで、個人的に、好きな音楽(特にギターリストの西川進さんの音楽)を
聴いて、誰にいわれたでもなく、
ずっと「フォーカシング」やってきたなぁ・・って!!!
音に感じる自分の感覚を言語化してきたな、って。

そういう、時間って、だいじなんだなぁって、思ったこの頃でした。

10数年前に、私、鬱病を2年ほど患いました。

あの頃、私は、CGの仕事がとっても忙しく
掛け持ち掛け持ちで、睡眠時間も1週間で2時間なんてことを、
やってましたら、鬱病になりまして、2年ほど、心が真っ暗闇の住人のでした。

あの時から、あれだけ好きだった人の音楽や言葉は、
私の分厚い壁(防衛機制)に遮られ、私の心に入ってこない。
みたいなことが数年続きました。
けど、西川進さんのギターの音だけは、勝手に心に入り込んで来る。
私にとっては、特別な音。

今は、回復していると思っていたけど、
情緒が、付いてこなかったと、今頃、気づきました。
だから、「私は死でいる」という、気持ちが離れないのだと思います。

情緒を、気持ちを、心を、取り戻したいと、
今、思います。

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そんなこんなで、気が付けば、2月も、あっちゅう間。

そして、更に、思い出したことがありました。

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それは、

「愛とは、理解すること」

私は、人のことを理解しようと、しなくなっていた。
心が自分の苦しみでいっぱいで、人のことを受け付けなくなっていた。

思い出した。

あぁ、これ、私が、CG作品にCGキャラに込めてきた、愛の形だった。

草も、木も、水も、花も、動物も、モノも、
他人も。
みんな、全部、理解しようとしていた私が、かつて、いた。
それを、作品に込めていた私がいた。

そして、私が大好きな
ギターリストの西川さんの音にも、それを感じる(笑)。

なんてことを、今日は感じております。

「理解」って、心理カウンセリングで言ううところの、
共感的理解と同じだと、気づいた訳です。

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さ、そろそろ、春近し、ですかね?

みなさま、どうぞ、ステキな春をお過ごしください。