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ココロド_黄月家K's weblog

考えすぎ? ココロド_心理カウンセラー_黄月家Kの 思考いろいろ、ものづくり、カウンセリング心理学、時々庭、時々日記です。

「自分ファースト」の真意。アスファルト土筆。

あっという間に、3月も終わり、もう春ですねぇ。

硬いアスファルトを、割って出てきたつくし、
なんか、すごいなぁ・・って、思います。

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家の中の胡蝶蘭も、咲き始めました。

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私の方は、状況は悪くないはずなのですが、
心がバタバタで、あせりを感じたり、
そういう時は、いろいろ空回りしたり(苦笑)。
落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせたこの頃の、最近でした。
もっと、春を感じる余裕をつくれば、いいのでしょうけど・・
自分のことは・・なんとやら・・ですね(笑)。

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4月から、心理カウンセリング分野を広げていこうと思いまして、
このweblogでも、タイトルや解説に、心理カウンセラーを追記しました。

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今日のお題は、「自分ファースト」

 

最近、政治などでは、小池東京都知事の「都民ファースト」とか、
トランプ米国大統領の「アメリカ・ファースト」なんて言葉がよく聴かれます。
そのファーストという考え方、カウンセリング心理学的に読み砕いてみます。


「人のコトで悩むのではなく、自分はどうすかを考える。」


これが、カウンセリング心理学的に考える、
「自分ファースト」の中味です。

この言葉に、不安や抵抗を持つ方は、
他人より、自分のことを優先させるとなると、
自己中心的で、ワガママで、無秩序な状態になってしまうような気持ち、
なりますか?


「人のコトで悩むのではなく、自分はどうすかを考える。」

という言葉の真意は、自分のアイデンティティーを確立する。
つまり、「自律」という意図があります。

「自律」は、自己中やワガママや無秩序とは正反対の
「良く吟味する」、「客観的に考えること」が必要になり、
そして、選択や行動の「責任」を自分で負うことなので、
決して、子ども返りを意味することではありません。

 

「人のコトで悩む」ことは、他人の分野のことをあれこれ考えて操作を試みる状態、
つまり、外部準拠の共依存傾向が根底にあります。
あとえば、アドラー心理学で言うところの、
他者のことは、基本的には「他者の課題」で、他者が決めること。
というわけです。

「人のことで悩む」方の大多数は、
自分のことを決める判断基準が、自分の外にあるために、
「人のことで悩み」、外部に自分をあわせて、
失敗すると、自分の選択の責任を、
他者に押しつける、という、
外部準拠の共依存傾向のパターンが、隠れています。

 

だから、
他人がどうであれ、他人に対しても、
理解しつつ、どう対応するか、
自分の考え方を吟味して、「自分がどうするかを考えて」、
自分の考えと行動に責任を持つ、ことが大事ということです。

つまり、責任が自分にあるのだから、
状況を理解しながら、
よく考えて、慎重に行動するという、
自律した行動ができるようになります。


東京都も、アメリカも、自分も、
他者をコントロールせずに、
他者を理解しながらも、
自分のことを考えていける、自律を、
実現できたらいいなぁと思います。


「過去と他人は変えられない」という交流分析の言葉があります。


他人を変えようとしないで、
自分の人生をどう生きていくのかを考えると、
「自分の生き方」が見えてきます。

自分の行動や考えに責任をもつことがその一歩です。
つまり、これが、「自分ファースト」。

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他人の不快に自分が被害を受けていると思うときは、
不快な気持ちと理由と要望を適切に伝えて、
自分の自分に対する責任を果たしましょう。
伝えたあと問題を解決しないのは誰なのか責任がはっきりします。

「して欲しい」、「してくれない」気持ちは「お願いします」、
心が勇気づけられたときは「ありがとう」、
違っていることに気づいたら「ごめんなさい」、
の気持ちを伝えて、自分と他人の関係を区切ると、
ずっと続く気持ちにもキリがつけられます。

私は私、他人は他人だと解ってくると、伝える必要性も感じます。

 人のために生きるのでなはく、自分を生きながら他者につながる領域が大事です。

 「不快な関係」には距離を置く、必要性も感じます。

「不快な」状態の中にいると、
どんどん「嫌な自分」になって行きます。
怒りや嫉妬や劣等感や恨みやねたみや束縛感、嫌な感情、
嫌な気持ちにきづいたら、
関係から距離をおけるような自分になることが大事です。

 距離をつくれない「さみしい自分」に気づいたら、
気づいた勇気ある自分は「ステキ」です。とってもステキです!。
優しくしたり、褒めたりしてあげたいです。

自分に気づける人はステキですばらしいです。

そして「さみしい自分」に向き合ってあげて下さい。
実はそのさみしさは、
過去の「本当の自分」の気持ちを、
気づいてもらえなかった寂しさだとわかるかもしれません。

「さみしい」と言えずに「なんでもないや」と言った、
「愛して」といえずに「嫌い」といった、
本当の自分に嘘をついて、本当の自分を置き去りにした、
置き去りにされた「本当の自分」の寂しさだと解るかもしれません。

「本当の自分」をひとりにぼっちにしているのは、
自分自身だと。

今できることは、本当の自分の「さみしさ」に気づいてあげたことで、
本当の自分に「さみしいんだね」と声をかけてあげることで、
本当の自分の心に寄り添ってあげることができることに、
繋がる気づきなのですから。

自分を知ることが、自律の第一歩(ファースト)で、あったりします。

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明日からは、新年度ですね。
どうぞ、季節や、自分を、感じる時間を大事に!。