ココロド_黄月家K's weblog

考えすぎ? ココロド_心理カウンセラー_黄月家Kの 思考いろいろ、ものづくり、カウンセリング心理学、時々庭、時々日記です。

化石発掘。 「本音」トーク。

こんちは、6月になりました。
私も、歳を重ねました(笑)。

この化石は、木の葉化石センターさんから、
購入した化石が入っているかも原石を、割って発掘体験したもの

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木の葉の化石、こんなに!!。

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次の化石は、化石は、神流町恐竜センターの化石発掘体験で
発掘した二枚貝や、巻き貝の化石。

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発掘できると、うれしいです!。
いずれも、春のことでした。

そして、今は、今年も、庭にゆりが咲いています!。

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短い期間ですが、花が大きいので、迫力あって、
庭がパッとして、印象的にキレイに感じます!。

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今日のお題は「本音」

「本音」で話できる関係のことを、
カウンセリング心理学では、
真実の交流(ふれあい)「親交」、
または「親密性」という言葉が使われます。

人間関係において、本音で話せる交流は、
I'm OK. You'er OK.の関係
つまり、「あなたはあなたであって良いし、私は私であって良い」、という
自律的な対等な存在感がベースになります。

「親交」は、
質の高い存在認知(=心の栄養、交流分析心理学用語)となり、
心が潤います。
また、
実現傾向(自分らしさや潜在意識を発揮していこうとする傾向)の基になったり、
自分のことを話すことによって、
自己への新たな気づきの機会になったり、
自分の気持ちが整理できたりします。

また、相手の話を聴くことによって、
相手や自己への新たな気づきの機会になります。

もちろん、心地よい気持ちばかりではないです。
思いもよらぬ本音は、時々ショックだったりもします。
それでも、嘘や、裏面よりも、信頼できるのは事実、
あなたは、それでOKだし、私がどう思ってもOKということです。
時々、わかり合えないままの場合もありますが、
「わかり合えないところがある」という距離感を、
持つことも必要になります。

お互いに尊重できる関係がそこにはあります。

なぜ、それを許容できるかというと、
基本的信頼がベースにあるからだと思います。

自分とは、違う考えや行動や反応であっても、
その人自身は、その人なりに、自分に誠実だと思える。
という感覚だと思います。


逆に、
「本音」で話せない、「親交」が築けない、という状況は、

大抵の場合は、
自分自身のアイデンティティーの確立がなされていない場合、
つまり、外部準拠な判断に、自分をゆだねている状態、
または、共依存症(人に依存している状態)の傾向がある方は、
自分の価値の基準の確立が、外部や他者によるので、
人との違いを許容できない傾向があります。

受けたショックを、他人と自分の境界が曖昧なために、
自己への否定的評価として受け止める傾向もあり、
また、自分を労ることを、他者に依存するために、
傷つき、労りを求め、更に、傷つくという、
悪循環ループになってしまうことがあります。

なので、「本音」の話ができる「親交」は、
お互いの、自律性が必要になります。

自律性が未成熟傾向の方にとっては、
「本音」は、不安な交流となり、
「本音」や「親交」を避ける傾向があります。

共依存症の5つの障害に「親密性からの逃走」という障害があります。

外部準拠や共依存傾向がある場合は、
外部から自尊心を得るために、上下の関係を必要とするために、
「対等」で、「本音」を聴けないし、言えない、傾向があります。

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カウンセリング心理学の基本概念で、
カール・ロジャーズの、「実現傾向」の理論があります。

「人が持っている潜在的な能力や自分らしさを発揮していこうとする傾向」のことで、
信頼のある環境の中では、誰でも、自分の能力を最大限に発揮して、
環境と調和して自己を実現(自分を発揮して自分を役立てるようとする成長力)を発揮する傾向がある、
という理論です。

つまり、信頼されて自己を発揮出来ることが自己成長につながることなります。

「信頼」と、「期待」は、区別して下さい。

「信頼」は、範囲は限定的であることもありますが、無条件であるに対して、
「期待」は、条件として作用し、他者コントロールとなってしまうものです。

「信頼」は、自律的であるのに対し、「期待」は、外部準拠的な使用要素です。

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「本音」で話ができない環境でいると、
自分のことを感じたり、気づく機会が減り、
自分自身がよく解らなくなることも、あります。

また、他者や外界との、
自己(自分)に対しての、認識のズレ生じ、
本来の自分とは違うことを、望まれたりして、
疎外感などを感じたり、
本来の自分の否定感に感じたり、
生きづらさにつながる傾向も発生します。


このような場合は、
カウンセリング心理学では、
ジョハリの窓」の理論を応用して、
自己開示をすることで、
他者や外界と、自分自身のイメージのズレを修正していくことで、
自分が自分らしくあれる環境を作れることを
オススメすることもあります。

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つまり、「本音」で話すことは、
他者を、軽視、侮辱しない限り、
「本音」で話す関係は、
精神の成長においても、心理的成長にとっても、
人間関係においても、
生活環境としても望ましい、こと、になります。

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しかし、現実の今の日本社会は、
「本音」で、話づらい、と感じているのは、
私だけでしょうか?

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現実、自己開示すると、
情報を利用しようとする人もいるし、
広範囲に広まれば、悪意のある方もいる。
自分と他者の違いが受け入れられず傷ついたり、
本音を、非難、侮辱する人も多い。

「本音」を話しづらい世の中・・

そして、「本音」の関係を経験できず、
信頼を経験できず、
自己の実現を発揮しづらく、
本来の自分ではない、仮面をかぶって生きる・・
生きづらさの、悪循環ループ。

を、感じているのは、私だけでしょうか?
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情報を利用しようとする人、
悪意のある人、
傷つきやすい人
本音を、非難、侮辱する人、


などなどの方が、何らかの心傷をお持ちで、
何かを回避するために、
それらの「認知の歪み」を持ってしまったのかもしれませんが、
こして、「本音」で話しづらい世の中と、解釈していること自体、
悲観的にとらえる私の「認知の歪み」があるのかもしれません。

私の「認知の歪み」か、「客観的な洞察」なのかの境目を吟味するには、
やはり、他者のフィードバックも必要となりますが、
気を使いあってか・・
他者のフィードバック(本音)も受けにくい世の中・・

と、思うのは私だけでしょうか?。

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とにもかくにも、

私としては、
できる限り、「本音」で、
自己や、人と接して行こうと
思っている次第です。

自分や、自分に関係する他者の成長を想って、
信頼出来る関係を、実践して行こうと、
思う次第です。

ただ、やはり、闇雲に「本音」では、
リスクもあるので、
信頼が必要な相手かどうかを、
範囲の境界として見極める必要もありそうですが・・。


「本音」で話せる「対等な関係」が、1つでもあると、
自分の成長、他人の成長に、つながります。

是非、記憶の端っこに。

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最近は、自分的には、やはり、時間の使い方が課題でした。
心的に体力的にも自己調整すると、
タスク的にやりきれないことが発生したり、
自分の自己調整機能が、家族の生活に関連していたり・・
結局、生活や優先事項自体を調整する必要性を感じて、
ここ3日ほど、「30分早く寝る」に、挑戦中。

自分にあったバランスはどこなか?・・模索中です。

この手の話、自己調整は心理学的には良い方向なので、
心配のご連絡いただいたりして、びっくりでした。

まったく、大丈夫です(笑)。

 

また、自己を出せば、
自己のイヤな面(自己嫌悪)も感じたり、
反省の苦みを感じながら、
「私は、大したことないなぁ」と、
大したことない自分も、本当の自分なんだなぁと
自己受容する訳ですが、
自己受容すると、
不思議と、大したことない他人(笑)も、
理解出来たり許容できたりするという・・

この過程が、

I'm OK. you'er OK. (自己肯定、他者肯定)に行く過程で、
なぜが、一度、I'm not OK (自己否定)になるのか、の、謎の行程を

経過しているのだろうなぁ・・と
感じたりもしつつ、

苦みも、味も噛みしめながら、
歳を重ねている今の私です(苦笑)。

本当に、大したことない私でスミマセン・・。

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どうぞ、それぞれの自分を感じつつ、
それぞれの6月を!。

またいづれ、どこかで
あなたの「大したことない」お話し聴かせてくださいね。