ココロド_黄月家K's weblog

考えすぎ? ココロド_心理カウンセラー_黄月家Kの 思考いろいろ、ものづくり、カウンセリング心理学、時々庭、時々日記です。

嫌気、嫌な気持ち、って何が起こっているの?

写真ネタがないので、今年をふり返ります。
夏に、庭の鳥の巣箱から、怪しいカチカチという音が・・
なんと、蜂が巣を作っていました。

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恐かったです。

外して、駆除した時の写真です。

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今日の、お題は、「嫌気」。

 

人と接する機会に、どんな気持ちなるか?

直接的で無くても、SNSや、
あるいは、群衆の中からも、感じてしまう場合もあるかもせません。


そんな人と接触(コミュニケーション)の後の感覚について、
探っていきたいと思いました。

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人を感じた後に、
イヤな感覚を感じる場合、

たとえば、
モヤモヤや、
自分の心が痛くなったり、
あるいは、他人に嫌気を感じたいする場合、

心の中で、何が起こっているのかを、
交流分析心理学で解説したいと思います。

 


どこかに「否定」を感じていると、
生きることに、負荷、つまり、
生きづらさを、生成してしまうことになりがちです。


だから、
「否定」の要素を、理解することで、
生きづらさを、変えることが可能になります。


人のコミュニケーションの負荷は、
交流分析心理学の「人生の構え」の理論である程度、解説できます。

人生の構えとは、
「否定  vs 肯定」「OK  or  notOK」
で、関係を考えて行きます。

交流パターンなど、
以前に書いたブログでも書きました、過去のブログは、

 

kizuki-ya-k.hatenablog.com

 

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1)まず、そのイヤな気持ちを、ごまかさず、
時間をとって、1歩深く、探って行きます。

・モヤモヤか?
・相手がいやなのか?
・自分やいやなのか?
・その他

 

まずは、自分で「気づく」ことが第一歩。

 

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モヤモヤの場合は、


自分の気持ちに向き合う必要があるかもしれません。

 

無意識的には、
どこかに、違和感があるけれど、
それを明確にすることに、不具合が生じるので、
曖昧にしておきたいのかもしれません。

人は、曖昧なことや、未解決のことほど、引きずる傾向があるので、
モヤモヤを抱えつづけて生活を上澄みしていくことになりがちです。

もし、本当に解決を望むなら、自分が恐れているコトが何か?
自分の心と向き合って、自分なりに理解してみると、
モヤモヤを抱える意味が理解できる分、
モヤモヤの抱える負担が軽減するかもしれません。

人生の構えでいうと、
自分に向き合っていない状態なので、自分 not OK,
他人に向かっていないので、他人 OK.

構えの状態は、
I'm not OK,You are OK.

本当の自分との間に、モヤモヤを積み重ねてしまう傾向があります。

自分の気持ちがよく解らない。
自分を感じない、という感じになる傾向と感じます。


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心が痛い場合は、「自分がイヤ」を感じている状態です。


たとえば、
「うまく話せなかった。」
「うまく対応できなかった。」
「思っていることが言えなかった・出来なかった。」
「自分はダメ」、「自分が嫌い」。

この場合の構えは、自分 not OK

「否定」が自分に向かっている状態。

自己否定が明確なので、自分で自分をいじめている状態、
自分を保護やメンテナンスができない状態であれば、
もの凄く、つらい状態を、繰り返し、強化してしまう状態にもなりますので、
この場合は、一端、「自己否定」を止めるのが、得策です。


自分を保護してくれる他者がいれば、
I'm not OK,You are OK. ですが、
他者の保護内容や、条件付の関係の場合は、
I'm not OK を更に誘発する可能性もあります。

他人を拒んでいる状態の構えは、
I'm not OK,You are not OK.


まず、自分保護の観点から、、
自分がOKな場所や時間を、得ることが大事だと思います。

部分的にでも良いので、
自分を受け入れる、
自分を許容することが、近道です。
それでいい。それが、自分。
最初は「開き直り」に近い状態からになって大丈夫です。
たとば、「私は上手く話せませんが、それも自分らしい」と。

自分の好きなことや、モノとすごす時間を大事にすることで、
自分へのエネルギーを送ることができます。

もし、廻りの人が、暴言や暴力で、
あなたを否定するのなら、
安全な場所に、非難することが先決です。

自分OKの、時間や場所を、是非。

 

他人からの「否定」について、
ダメージを、必要以上に受けないことも大事です。


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相手がイヤな場合
たとば、
怒り、むかつく、滑稽だ、うらやましい、など、
他人に対しての不快な気持ちで、
いっぱいになってしまう場合は、


「他人否定」に隠れている要素は、

「比較癖」、「我慢」、など、

根底に「寂しさ」「むなさしさ」「悲しみ」などの、
トラウマが隠れている傾向があります。


他人と「比較」することで、
「自分は、出来ている」、「自分は優れている」と感じることが出来る人
外部に自分の価値をゆだねている外部準拠(共依存)状態で、
自分の価値や意味を、自分で吟味出来る、
「内面の考える力」が未発達な状態に、なりがちな傾向を感じます。

自分の内面を、自分ので評価(誉める)認めることができれば、
他人と比較しなくても、
根底の、寂しさや、虚しさを、埋めることができることに気づくかもしれません。

「我慢」←抑圧
自分が、我慢していること、抑圧していることを、
他人がしていると、過度にイヤな気持ちなります。

たとえば、一生懸命な人にとっては、
人の「甘え」や、「落ち込み」、「楽天指向」、「無責任」などは、
未熟に思えたりするかもしれません。

たとえば、快楽主義の人にとっては、
人の「努力」や、「まじめ」、「きびしさ」などは、
息苦しく、邪魔に、見えるかもしれません。

 


解説としては、

他人否定、
You are not OK. の構え

大抵の場合は、
矛盾が発生した場合に、

自分のOKを、確保するための、構えの場合は、
I'm OK,You are not OK.

 

この構えの場合は、
他人をOKと認めてしまうと、
I'm not OK,You are OK.
に入れ替わるので、自分否定の問題を、
他人に転嫁している要素も含みます。

自分が悪いか、相手が悪いかの、絶対的2分法思考。

他者や、異文化との違いを認めることが出来ていない状態なので、
否定期自動思考で、「認知の歪み」でもあります。


自分OK、他人OK にした場合に、
矛盾が生じるように、感じるかもしれませんが、

人間自体が、矛盾を抱えた存在、だから、ゆえに、
機械と違って、
矛盾を抱えることが、可能なのわけです。

それはステキなことであると同時に、苦みであったりもします。


物事は、善し悪しでない代わりに、
事象に応じた「バランス」という柔軟な強みを可能にします。

自分OK、他人OK
とは、

苦みや、わびさびの理解、に近いものがあると感じます。

「否定」の負荷から、脱することは、
存在する世界は、「否定」より優位でなく、むしろ表層的には同じ。

ただ、「否定」の奥の「肯定」を感じる世界なのかもしれません。
(ちょっと哲学的な言い回しですが・・・。)

--


大学時代の、私の大好きな友人がいつも言っていた言葉

「それも、また 良し」

しばらくマネして使ってました(笑)

I'm OK, You are OK. の構えですよね、この言葉。
よくよく考えると、ステキですね。
--


結果的に、
モヤモヤ、痛みや、嫌悪などの、イヤな気持ちは、
イヤなことにフタ(←抑圧)をするのでは無く、
出来るだけ分解してメンテナンス処理して、

自分を生きれる自分(フラットな自分)に、
戻してあげることが、


建設的に、生きることに、糧になるとは思います。

休息が必要な状態の場合もありますから、
自分自身の状態を、自分で知り、
今の自分にあった、選択(考えや行動)をする、

必要に応じて、考えや行動を、柔軟に切り替えて

ご自分で、選択できてら、未来に繋がると
私は思います。


--
暗闇にも、暗闇の利点があります。

イヤな気持ちがあるときは、
そこにもきっと、未来に繋がるヒントや、サインが隠れています。

だからこそ、
人の身体や心は、「嫌」を感じる機能が備わっているのではないでしょか?

自分自身も、自分の言葉や行動、他人の言葉や行動に、
いろいろ感じてしまいます。
それでも、過度に歪んで感じる必要はないですし、
感じることは、
自分なりに理解して、消化することで、
引きずらす、

前を向ける自分で、いようと、思うわけです。

その方が、自分を活かせる気がするからです。

人より、自分が優れているとは思ってないですし、
それでも、自分が考えたり、思ったりしたことは、
自分の思うコトとして、表現してよいと思いますし。

いつからか、表現の禁止がかかっていることを、
自分に感じたりもします。

それでも、それは、言葉や配慮を気を付ける機会として、
捉えれば、それなりに、トラウマ経験を活かすこともできます。

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年末になって来ましたね。
今年一年の漢字は、「災」ということだそうですね。

社会全体、つらい思いをされたのだと感じずにはいれません。

 

私個人としての、私個人の1年を表す感じは何ですかね・・
去年は確か変化の「変」だったような・・気がしますが、

今年は、「虹」ですかね。プリズム。

掴めるようで掴めない、観ているようで、それが実態なのか、
形而上の存在といいますか、でも、
雨上がりの・・現実と、それでも、どこか希望的な・・そんな感覚ですかね。

 

みなさんの今年一年はどんな漢字ですかね?

今度、是非、お話し聴かせて下さい。