ココロド_黄月家K's weblog

考えすぎ? ココロド_心理カウンセラー_黄月家Kの 思考いろいろ、心理分析、ものづくり、時々庭、時々日記です。

「上下関係」の悩み、謎の足跡

最近、雨多いですね。

夏に2Fのベランダの手すりに、発見した、謎の足跡

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2Fですよ、どうやら、雨樋の橋と伝って上ってきたようです。

2Fに食料はありません・・何のために? 何者?

猫? 猫は雨樋を上るのでしょうか?
狸? この辺りでは観たことないです。

謎です!。

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うちの庭には、カマキリが住んでいますが、

カマキリの足跡ではなさそうです。

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今日のお題は 「上下の関係」

 

身近に上下関係は、ありますか?

物事を「上下」「優劣」で、捉えるクセはありますか?

たとえば、親と子、先生と生徒、社長と社員、部長と部下、姑と嫁、
いろいろな関係があります。

これらは、確かに、責任の重みに、違いがあります。
他にも、違いはあります、が、どちらが偉い、とか、どちらが、ダメというものではありません。

子がいるから、親になれるわけで、
考えようによっては親になるチャンスを子に貰っている訳です。
先生と生徒、社長と社員も、部長と部下も、嫁姑も同じ。

違いはありますが、生きる権利や、情緒を持つ権利、考える権利、表現する権利、
それは、人間みな平等です。

平等な関係が、人間関係の中で、不自由な状態だと、
情緒や思考や行動が、成熟する機会を失ってしまい、
内面が発達不全になってしまい、大人になってからも、
内面の発達不全なところを、他人に依存してしまって、
自律できない、生きづらさを抱えた大人になってしまいます。

だから、むしろ、
上の立場の人間は、
生きる環境、情緒を感じる環境、考える環境、表現する環境を、用意してあげる、
それが、自律した人間を育むことになります。

上のものが、より弱きもの、未熟なモノのお世話をするときは、
それらの自律的な成長の妨げになるらぬよう、
お世話しすぎず、自律できる力を育むために、
おおらかでありながら、客観的な視点で、
お世話(面倒をみる)の境界を、見極めることが、
導き手としての、ファシリテータ力につながります。

しかし、
上下の関係を、優劣にとらえるタイプの方もいます。
上が、下を、奴隷のように扱ったり、モノのように、消費物のように扱う場合,
いわゆる、弱肉強食思考ですね。
あるいは、お世話を仕切って、この自由がなく、
結果的に支配するタイプの場合もあります。

ここでは、
平等な上下関係と、
不平等な上下関係、と区別して言いましょう。

違いは何か、というと、
個人が尊重されているか、とうところです。

「平等な上下関係」では、個人が尊重されていることになります。
人間は、自ら自信をもって調整する力を養って、成長します。

しかし、尊重されなければ、感情が負に傾いて、
相手か自分かどちらを破壊するようになると、
(多くの事例を観て)私は捉えています。

なぜなら、人は、自分の能力を発揮したいという、実現傾向をもっているという、
(カール・ロジャーズの)理論があります。
それをベースに考えれば、
個人を、尊重される中では、より調整の取れた機能を身につける方向に働くけれど、
個人を、尊重されない中では、まず、発揮するための障害になっているものを、
壊すという段階を、必要とするからだと、私は考えます。

(人が実現傾向を持っているというのは、

新しいものが成り立つ前には、クライシスという段階が、
多かれ少なかれありますから。

では、「不平等な上下関係」とは、なんでしょうか?

1つめは、
上位者の劣等感が背景になります。
本当に、心身、能力、情緒、ともに、優れているなら、
下を卑下する必要がありません。
彼らが劣(下)を必要とするのは、自分が優(上)だと確認したいためです。
極めて個人的な外部準拠の満足のために、関係を利用しているだけ。

2つめには、
上位者が、アダルトチルドレンの要素を持っている場合が考えられます。
アダルトチルドレンとは、「養育者の間にトラウマを抱えた成人」という定義ですが、
アダルトチルドレンが持っている、思いグセの傾向に原因があると考えます。
つまり、人格形成期の養育環境の影響で、いくつかの、
機能に苦手感を抱えている、その苦手感(思いグセ)が、原因だと私は考えています。

具体的には、
1)自分の思っていることを伝えられない
 (言ってはいけないと思っている、おべっかや嘘を言ってしまう)
2)相手の思っていることを聴けない
 (きっとこうだろうと、勝手に解釈してしまい、
  相手の訴えを自分の概念に当てはめて歪んで捉える傾向、
  または批判されている気分になりすぐ感情的になる、
  または、かわいそうと感情移入して余計なお世話をしてしまう)
3)両者の話を客観的に並列して、調整できない。
 (優劣や、上下にすり変えて、調整しようとしない、
  喰うか食われるか思考。一方的)

単純に、自分の気持ちを伝えて、相手の話も聴いて、
利害のあうところを吟味して調整するば良いだけですが、
1)、2)、3)ができない、クセを持っていると、
トラブルが起こりがち、起こしがちになります。
そらが、生きづらさの原因になってしまいます。

だけど、大人になってから、そのクセや習性を直すのは、
とっても時間がかかるし、
ある程度の知識や、客観的な視点も必要になります。

私自身、母親が、親に意見すると、激怒したりする人でしたらから、
あまり、自分の意見を冷静に言える環境もなく、
1)が育つ環境はあまり良くなかったです。
そして、母は、人の話を客観的に聴くことができず、
下の立場が意見することに常に激怒していましたら、
私は話を聴いてもらえる環境が不十分だったので、
人の話を聴くという見本もなく、
2)を習知する環境が不十分だったと思います。

なので、大人になってから、心理学を学んだりして、色んな場面で
1)、2)、3)が大事という結論に至り、今、心がけているという段階です。

単純に、私もアダルトチルドレンの一人ということです(笑)。
だから、誰かを、批判や、批難するるために、
このブログを書いているわけではありません。

私自身の、内観を深めるために、整理しているという要素が一番大きいです。
あとは、自分の思っていることを、伝える、
つまり、1)の段階の訓練でもあります。

4年ほど前に、ある出来事があってから、
この、ブログの初期冒頭にも少し書いてありますが、
完全に心閉ざしていまい、自分を、自分の思っていることも、言うどころか、
心さえ、押し殺して、自分自身も消えそうだった、そんな経過があり、
やっとこんな感じ、という経過があります。
すみません。


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最近、いろいろあって、
ま、その、痛い方に働く思いグセをぬぐって、
自分の本当の気持ちを見つめていこうと、
模索してましたら、
また、いろんな気持ちにぶつかりまして、

だから、少し、内観して、自分自身を整理したいと思いまして、
今日は、時間を自分の整理のために使って、書いてみようと思いました。
こういう時間、大事なんですよね、本当は。

でも、やることが沢山合って、
自分のために時間を使うことに罪悪感がって
でも、この「罪悪感」は、実は、痛い方に働く思いグセなんです。
だから、ぬぐう必要があります。

自分が、自分らしくあるために、
「罪悪感」は要らない。のです。

誰かに迷惑がかかりそうなら、
ありのままを1)伝えて、2)相手のご意見も伺った上で、
3)調整すれば良いです。

もし、その1)、2)3)が出来ない関係ならば、
それは、不平等な上下関係が作られていて、
それは、悲しいですが、建設的な関係でないと、気づく必要があります。

最近自分の心に耳を傾けると、
予想外の感情を発見したりしました。
へぇ、って。

事実を認知するって、簡単なようでいて、
結構、痛みを伴うことがあるから、抵抗や防衛が出てしまいますね。

自分の読みが間違っていたりすることを認めることであったり、
自分に思い込みがあることを認めることであったり、
自分の痛いところを、知ることになったりしますから。

だから、メンテナンスする時間が必要になりますね。
心が痛いときは。

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みなさま、どうぞ、時々、ご自分の心の声を聴いてやってください。
聴くだけでいいんです。
聴いてあげるだけの方が、いいんですよ。

知っている、だけで、良いんですよ。
人は、認知されることが、心の栄養ですから。

余計なお世話が先にあると、逆に話せなくなっちゃうんで。

どうぞ、心と会話をして、心を認知してあげて、心に栄養をあげてください。

江ノ島の 龍

龍特集です。
龍のいるところ、パワーのあるところ、と言われていますが、
江ノ島も、パワースポットで有名なところ。
行くことが出来ましたので、江ノ島の龍を、感じて来ました。

島につづく、橋の入り口の大きな灯籠、早速、龍が守ってました。

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『江島縁起』、という江ノ島が出来たときの、
五頭龍と天女(弁天様)の伝説があります。

龍は、古いモノを壊して新しいモノを想像する時に現れる、
なんて、説がありますが、だから、龍は、
破壊する荒さと、創造するパワーの両方を持ち合わせていて、
荒々しさと守る強さの両方が内在する存在ですが、
江ノ島の五頭龍も、その内容と同じに思えます。

やはり、新しいモノを作るときは、
壊さなければならない課程があるのかもしれません(←心理的な投影)。

「銭洗い白龍王」の近くの手水舎の龍↓。

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そして、「銭洗い白龍王」↓。

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弁財天の使い、白龍王です。霊水の池を守っています。
かつては岩屋に奉られていたらしいです。

お金洗ってきました。
浄化・清めなのでが、つい御利益を期待してしまいます・・(スミマセン)。

どうか、清めたお金を用いたら、行きたいところへ繋がりますように・・祈り。

本来は、こんなことになるようです↓。

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中津宮、鮮やかで美しい拝殿の頭上に、右からの龍。
美しい龍です。

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中津宮、横の、水琴窟のところにある龍↓。願い玉しっかり持っていますね。
力強さを感じました。

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水琴窟の音って、本当に、心落ち着かせてないとなかなか聞こえてこないような、
かすかな澄んだ音ですが、こちらの水琴窟の音は、聞こえやすいです。
そして、こんな↓ご神効があるそうです。まさにパワースポットそのもの!。

たしかに、一人で、ゆっくり聴いたら、心が洗われそうです。

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昨日は、休日で結構人が多かったです。

そして、トイレの手を洗うところが、なんと龍!!。↓
ここでも浄化されちゃうんですね!。すごい。

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竜宮大神の横の灯籠も、龍。
しっかり、一周巻き付いての造形です。その上にも、龍の彫り物。
そして、窓はミツウロコ

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竜宮大神の横の樹。龍にみえるのは、私だけでしょうか?。

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そして、竜宮大神、龍の像。迫力あります。↓

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そして、いたるところに、ミツウロコのご紋。
ミツウロコ紋は、龍の3枚のウロコからなっています。

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岩屋の中の、天女と五頭龍の絵。↓ 

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五頭龍は龍口明神社として、鎌倉市に祀られているとのことです。

そして、第二岩屋の奥の龍神さま。
しっかりと願い玉を握って示しておられます。

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願い珠は、何でも願いを叶えることができる珠なんだそうです。

こちらの龍神様の前で、手を2回拍手し、2回とも光が出ると、
願いかかなうとか。

私は、2拍中、1拍、光りました。
1拍のときは、いずれ叶うだったような・・
努力すれば叶うだったかもしれません。

江ノ島、たくさんの魅力的で個性豊かな龍がおられました。

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最近、自分の気持ちのための時間をなかなか取ることができずに、
生活をこなしていたところで、
実は、ちょっと、休みたかったのだなぁと、気が付きました。
自分の心を見つめる時間は、自分の心を整理する時間だったりするから、
メンテナンス機能のための時間でもあり、必要枠なんですよね、本当は。

私は、ついつい、自分の気持ちを後回しにしてしまうので、
気が付いたら、バランス壊れてることあります(笑)。
そんな時は、心が鈍く硬くなってる。
硬くなるほど、折れやすくなりますから、
時々メンテナンスしてやらねば(笑)。

みなさまも、どうぞご自分の心のメンテナンス時間を持ってください!。

否定的自動思考。庭の癒やしスイカ。

あっという間に、9月になりました。
私の方は、作業部屋を引っ越したり、子どもの夏期休暇などもあり、
バタバタで、weblog、間、空いてしまいました(笑)。

うちの癒やしの庭で、スイカ育ちました!。7/29頃の写真、そろそろ食べ頃。

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手のひらサイズの可愛いスイカでしたが、味は、甘くておいしかったです!!!。
8/2頃、食べたときの写真。

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これは、台風一過の過ぎた夕暮れの空、8/22、18:32
一見くらいのですが、いつになくオレンジがとっても鮮やかで、美しく見えました。

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以前書きましたが、綺麗な空は、1日頑張った人へのご褒美なんて・・
あぁ、最近、空みれていませんでした・・。
ということは、ご褒美を受け取らずにいるのと同じでしたね・・

 

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さて、今日のお題は、「否定的自動思考」。

最近受けた、心理学カウンセラーの実践講座で出てきた言葉(言語)で、
なんか、妙に、納得したといいますか、
心に入ってきた、探し求めていた答えのような感覚のある言葉でしたので、
書いてみます。

意味は、否定的な思考を、吟味なく、自動的に自分に対して思ってしまう思考、
いわゆる、「否定的な想いグセ」のことでです。

たとえば、

「自分は、ダメな子」
「自分はどんくさい」
「自分はバカだ!」
「自分には、力がない・・出来ない」などなど、いろいろあると思います。

私にもあります。

「自分は嫌われている」とか・・「自分は変わっている」とか、

 

この、何の吟味のなく、自動的に否定的に評価してしまう思考は、
一見深そうですが、実は、浅い思考なんです・・って。

くり返し吟味を重ねてきたものと比べると、浅い幼稚な思考と言うことになります。

この、、「否定的自動思考」、つまり、「悪い想いグセ」が、
ウツや、諸々の心身的な、苦痛を作り出しているもののベースだと
知ったので、なるほど、といいいますか、
自分が、知りたかった、ウツからの回復の方法の具体的な道が、
見えた気がして、私の中の、最近のヒットワードになっています。

私自身も12年ほど前に、2年ほどウツを煩いまして、
その後、病院のお世話になってはいませんが、なんとなく、
心から、楽しさを感じられない日々を長く過ごして来まして、
真にウツから脱する、良い方法が解らずに、なんとなく今に至っていたので、
なんか、「否定的自動思考」を変える行動療法の話をきいて、
まだ続いているうす暗い心に光が見えた気がしました。

 

「否定的自動思考」とは、「悪い想いグセ」で、
「認知の歪み」な、訳ですが、
なぜ、「否定的自動思考」を持ってしまったかというと、大抵の場合、

子供の頃、思考が発達する前から、誰かに言われた言葉を
そのまま受け取ってしまって自己の中で習性化したり、

共依存関係(上下のある関係)で、
関係上の症状で、否定的コントロールとして、そういった言葉をくり返し
言われていたなどが原因です。

交流分析という心理学でいうところの、人生脚本だったり、

アダルトチルドレンで理論で言うところの、思考や吟味段階以前に身につけた
悪い意味での、役割的概念だったり、

その辺りの理論と、大枠で同じです。

親や他人が自分に言った否定的な言葉は、本当に絶対ですか?

 

逆に、「肯定的自動思考」を持っている場合もあると思いますが、
肯定的で前向きな自動思考の場合は、自分を否定せず、嫌悪せず、
逆に、力付けてつれるものであれば、心身的な苦痛な症状の原因にならないので、
問題ない、変える必要はないこととなりますね。

さて、

深く考えもしないで、否定的な思い、みなさんは、持っていますか?
いくつ気がつきますか?

もし、一つでも、思いあたったら、
まず、吟味してみることも、手です。
本当に、そうなのか?その裏付けは、どこにあるのか?。

 

私の、現在の否定的自動思考、で思い当たる
「自分は嫌われている」と・・「自分は変わっている」は、

思い返すと、数年前に、ママ友に言われた、
「あなたは、嫌われている」「あなたは変わっている、理解出来ない」という、
言葉そのままでした。
(ベースは、似たような内容の母からの否定的ストロークがあるのも確かです。)

ショックでした。
そのまま、私の心に入り込んで、ここ数年ママ友と話すことが出来なくなりました。

言葉の影響力ってスゴイですね。

その時は、どの辺がそう思うのか?聴いたり、冷静に受け答えしてましたし、
その方が、どても感情的になっていたのも解っていたし、
自分は冷静であろうと努めて、いましたし・・
でも、その言葉がショックで、自分の中で反復されて、
どうやら自動化していたみたいです。
自分、弱っていたと感じます。

今から思えば、たった一人の癇癪的な言葉に、
そこまで影響を受ける必要はないのに・・、
人の輪に入れなくなって、何を苦しんできたのだろうと・・。

こう思うと、自分が、心が弱いと、相手のせいにしてしまったり、
相手を悪者にしてしまう要素もありますね。

自分は、自分。
他人の影響はほどほどに(笑)。
それが、実は、他人のためにもなります。

 

では、せっかくなので、私の否定的自動思考を変えていきましょう。

「私は、あの人に嫌われているかもしれんませんが、それが何か?
そこには経緯と理由があります。私は冷静でした。それが嫌だったのかな?」

「私は、確かにあの人の癇癪や怒鳴りなどの否定的コントロール的行動に、乗らずに、勤めました。共依存的思考からすると、脅しに屈しない私は確かに変わっているように思えるでしょうし、理解出来ないでしょうね」

はい、ちょっと、吟味しなおしてみました。
第一歩です。

アドラー心理学で、よく言いますが、「嫌われる勇気」といいますか、
自分のアイデンティティーを確立することは、
自分で吟味して、その結論に責任を持つという重みの積み重ね・・なのでしょう。

アドラー心理学、最近本を読んでいるのですが、
私にあってるみたいで、心が前向きなれます。

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今日もちょっと、入り込んで、長くなりました。

どうぞ、自分らしい9月をお過ごしください!。

レモンキノコ。サイコパス

梅雨もあけまして、暑い日が続いています。
私の方は、梅雨の間はなぜか、結構、心が重苦しくありましたが・・
このまま、心も明けてくれるといいなぁ・・・なんて・・(笑)。

レモンキノコ、今年もはえてきました!。かわいいです!。

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あっという間に、傘が開いて、すぐしおれました。

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前回は、確か、2014年、8月でした。
コガネキヌカラカサタケという熱帯原産のキノコらしいです。

 過去のweblog

kizuki-ya-k.hatenablog.com

 最近のはまっているもの、フルーツホオズキです。

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春頃、知恵番組で、フルーツホオズキが、血液がサラサラになるスゴイ食べ物として
紹介されていたのを観まして、
8年ほど前に購入して、何となく、毎年、生えてくれてくれていたのですが、
今年も1株、成長してくれまして、
今年は、しっかり、沢山いただいています!。
実は、甘くて美味しいですし、健康に良いとあっては・・(笑)。
注目です!!。

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さわやかな甘みなのに、しっかり甘い、
さわやか練乳みたいな・・味のイメージですか?。

今年は、庭に面した掃き出し窓に、気が付いたら、
なんと、2つも、蜂の巣が出来てしまい、退治駆除しました。私が。

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そんなこんなな夏が始まっております。

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今日のお題は「サイコパス

昨日、ずっと前に録画してありました、
NHKの「心と脳の白熱教室」の「あなたの中のサイコパス」(2016.2.12放送)
を観まして、とても面白い内容でした。

サイコパス」というと、
反社会的・冷酷・非道な犯罪者(悪いサイコパス)のイメージがありますが、

オックスフォードのケヴィン.ダットン博士によれば、
サイコパスの特性は、実は、非暴力的で知的な環境での、サイコパス素質は、
(いわゆる良いサイコパス
投資家や、弁護士、実業家、英雄の方が、
サイコパス度が高いことが解ったということでした。

つまり、サイコパスの特性は、活かし方によっては、
優れた能力となると言うわけです。

私は、カウンセリングのトレーニングを通して、
自分の中の感情が、あまり、出てこないことを感じていまして、
ま、自分に厳しい人や、まじめな人に多い現象なのですが、
感情の隔離やら、抑圧やらで、感情が意識化になかなか現れないタイプだと感じて、

それが、どういう意味なのか、考え込んだり、感情を取り戻したいと
もがいてみたりもしてみましたが・・。

そんな不安が、良いサイコパスという考えて、少し和らぎました(笑)。
感情の意識化が鈍くなっているからといって、それはそれでいいのかもと。

感情に囚われないということは、
悪い言い方をすれば、冷淡ですが、良い捉え方では、冷静という利点があり、
人にふり回れるような気持ちの沈みもなく、自分を保てる淡泊さや、
防衛で身動きが出来ないようなこともなく、探求心でチャレンジできる大胆さも、
直感力の優れた部分も、結構、仕事や物事を成し遂げるために、
とっても有利に作用する素質というわけです。納得。

そして、サイコパス性の高い人は、そうでない人より、
洞察力が高いという実験結果も、面白かったです。

気になる方は、どこかで番組を観て観てください。

ちなみに、私が気になったデータは、

サイコパス度の高い職業は、
企業最高経営責任者、弁護士、マスメディア関係、セールス、外科医などで、

サイコパス度の低い職業は、
介護士、看護師、療法士、職人、美容師、慈善活動家、教師など、

つまり、共感したり、思いやりを持って接する職業の方は、
やっぱり、感情力がその橋渡しになっているのかな?という、
私の勝手な仮説が立ちました。

心理カウンセラーも、療法士だから、
サイコパス性の高い人には向かないのかもしれません・・と、
なんか、勝手に納得してしまいました(笑)。

私自身は、
現在は、感情は豊かではありませんが、結構、恐怖心を持っていたり、
プレッシャーに弱かったりするので、
サイコパス度テストでは、平均以下でした。
若い頃の自分を想定すると、結構、冒険家・野心家で、感情的な部分は強かったけど、
説得力遣いまくっていたころもあり、
今よりは、サイコパス度が強かったように思います(笑)。

面白いですね(笑)。

「感情」という、探し物のため、
サイコパス性がちょっと気になったこの頃でした(笑)。

 

ちなみに、最近のドラマの登場人物ですと、

「異常犯罪捜査官 藤堂比奈子」の、藤堂さんや、
真田丸」の茶々さん、も、サイコパス度高そうな感じがしますね。

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暑いですが、どうぞ、ステキな夏を!。

 

庭と、人魚と、インナーチャイルド

7月になりました。熱いです。
22:00なのに、この部屋、31°です。

庭に桃の木を去年植えまして、今年、花も少々さきました。
実は、2つ、つきまして、とっても美味しく出来たみたいです。
(私は食べてない(笑)。)

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最近、好きな花、「ベリウム、ベビリアンデージー」

グランドカバーにと思って、セレクトしましたら、なかなか可愛いんです。
花は、4~10月まで咲きます。
小さくて可憐なデージー調の花が、可愛いんです(笑)。

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このピンクの花は雑草のクローバーの花。
意外と可愛いんで、そのままにして、鑑賞してしまいました。

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ここ数日、はまっている曲があります。

SETSUNA SPIRALさんの「人魚」

ITunes 配信限定シングルということで、早速、購入してみましたら、
なんか、はまってしまいました。
スゴイ体感です、
純粋で、張り詰めた空気の中で、迷い込みそうな、痛みの空間。
溺れそうだ。・・スゴイ世界感だ。
たまりません・・・。
サウンドプロデュースが、あの、ギターリストの西川進さん。
 感情直結・・してしまった・・またしても・・。

www.youtube.com

 

 

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最近、心に直結する曲を聴いて、フォーカシングをするようにしています。
本当の自分の声を聴く練習といいますか、内的な自分との会話の練習といいますか。

 

今日のお題は、「インナーチャイルド・セラピーワーク」

昨年の秋から、インナーチャイルドファシリテータの資格を取ろうと、
講座を受けています。
詳しい内容は、著作権の関係で書けませんが、
インナーチャイルド」とは、講座の中では、
「内なる子供」とか、「自己の中核」とか言ったりしますが、
私の解釈に変えますと、「本当の私」という感じでしょうか。
「裸の魂」とかでもいいかもしれません。

ここからも、私の解釈です・・。
それぞれの「本当の私」は、それぞれの個性があって、
生まれ持った素質や、育った課程で身につけた能力もあります。
その「本当の私」が発揮出来る環境が、自己実現しやすい環境といえますが、
人は、経験の痛み蓄積で、「本当の自分」を守ろうとする故に、
「本当の自分」を封印したり、制御しようとして威圧してしまったり、
隠してしまったりしていることがあります。
つまり、自分に無理している生活の状態です。

そうなると、なかなか、自己の能力を充分発揮できなくなり、
そのうち、「本当の自分」を見失うようなことが、多々あります。

常に、仮面をかぶっているような自分や、
自分の素質と合わない様式に囚われて、自己嫌悪のループにはまったり、
それ、大抵は、「本当の自分」とコンタクトが取れない状態だと思えます。

 

インナーチャイルド・セラピーワーク」というと、

生きづらさの原因になっている、子供の頃のトラウマに気づき、
嘆き、感情をはき出すためのワークみたいな印象がありますね。
私も、他のセラピーワークで取り組んだときはそんな感じでした。

けど、今回受けているインナーチャイルドセラピーワークは、
その奥の、ハイヤーセルフ(高次の自己)までの内容も含まれていて
とっても、私にとっては、魅力的な内容でした。
時空を超えた繋がりのような感覚です。7次元に繋がる感じでしょうか・・。
これも、私の解釈ですので、ご了承ください。

ハイヤーセルフ(高次の自己)に繋がると、
大抵の答えが返ってきます。
私の解釈で言い換えると「内なる神」とかそんな感じですかね?
神との対話、みたいな本がありましたが、それと同じだと私は解釈します。

ま、そんなこんながあり、

私は、「本当の自分」と対話する練習を最近しています。
元々、作品のアイデアや、気づきは、「本当の自分」の領域なので、
私は、得意なことだったりします。

つまり、防衛を働かせてしまう外側(仮面)の私では、
真実は見えないわけで、感覚もにぶりますし、
直感もさえませんし、
防衛ための習性の活動だけで、疲れ果ててしまう感覚が私にはあります。

そんなこんなで、
時々、答えてくれる高次の自己の感覚や存在も私にはよくわかりますので、
解釈は早かったです。

というわけで、「本当の私」との会話を訓練中なわけです。
「本当の私」は、結構、面白いです。
自由だし、泣いたり、すねたりも、、最近ちょっと、解るようになりました。

ま、その、

インナーチャイルド・セラピーワークの目的は、
自分のインナーチャイルド(本当の私)のお世話を
自分で出来るようになることなのですが、
つまり、結構、みなさん、
自分の心が乱れたりしたら、
他人に泣きついたり、他人の反応で、心の穴を埋めたり、
モノに依存してしまったり、と、
自分の心のお世話を、他のものや人にさせることありませんか?
その辺のことを、自分で出来るようになるためのワークなのです。

最近、自分の一人の時間が増えました。
これ、実は、「本当の私」のお世話をしている時間なんです。
以前は、友達との交流や、ネットやメールや飲み会に時間を沢山使ってた頃がありました。誰かと関わっていないと、さみしい自分がいた気がします。
これ、他人に自分のお世話を求めている状態だったような気がします。

今は、逆に一人の時間が持てないと、
本当の私が、ざわつきますし、
人に対しても、自分に対しても、結構、キツクなってしうのが、わかります。
そうやって、自分の調整も試みて行くのでしょうね(笑)。

興味のある方は、「本当の私」の声に耳を傾けてみてくだい。

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では、どうぞ、ステキな夏の始まりを!

 

庭の百合、軌跡のヒナ、長い6月でした。

梅雨ですね。雨、雨。
いかがお過ごしでしょうか?

まずは、今年もゆりが綺麗に咲いてくれました。

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色とりどり、あんな色、こんな色

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癒やされます。

そして、庭の巣箱に、シジュウカラが来まして、
気が付いたら、ヒナの鳴き声がピヨピヨしまして、
とっても、嬉しかったです。

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リビング窓の正面に、巣箱を設置してあるので、
カーテン越しに、観察していました。
とっても、楽しみでした。
ヒナが孵ってからは、親鳥が慌ただしく、何度も何度もえさを運んで、
子供のお世話が大変なのは、人間も鳥も一緒だなぁ・・なんて・・おもいつつ
誇らしげに、毎日観察しておりましたら、
一週間ほどした、ある朝、窓のシャッターを開けると、巣箱の正面、
枝に、ネコがとまっているんです。しかも2匹。
まるで、チシャネコのように、枝に、猫が、とまってる。逃げないんです。

巣箱を襲われました!!。猫の親子の様です、この2匹の猫。片方は小さかった。
私が脅かしても、ぜんぜんどかないんです、この猫達。

まだ、巣箱の中に、ヒナが残っているからでしょう。
でも、地面には、数羽の、羽が・・もう・・何羽かは襲われた後だったようでした。
悔しくて、猫を追っ払ったけど、何度も来る。

それで、酢をまくなどの、猫対策したけど、結局、次の明け方にまた襲われてしまったようで、朝には、巣箱が、傾いてしまってました。

この黒、ホワイトソックスが親猫。

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結構、猫好きで、猫カフェとか行っていたけど、
この一件で、ネコ、しばらく苦手になりました。
まだ、ノラネコを観ると、悔しくて、やりきれない気持ちになってしまいます。

ノラネコも、親子、鳥も、親子、でも、やっぱり、毎日観察して気にしてただけに、
ネコに襲われたのがショックでした。

2度の襲撃にもかかわらず、奇跡的に、1羽、ヒナが残りました。
軌跡のヒナでした。

けど、よっぽど恐い思いをしたのでしょうか、
まだ満足に歩けないのに、巣から逃げ出してしまうようになり、

そのたびに、私が巣に戻してあげるということを4日ほどしました。

巣から落ちても、親がえさをあげて・・。

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ある日、ヒナが道路の方に行ってしまい、子供達につれていかれたり、

ヒナの扱いを知らない子供の行動が、他の子供の心に、いろいろ感じさせたり、
子供間にも、いろんな気持ちがわきおこったり、いろんなことがありました。

保護して、巣に戻したけど、子供が心配して見に来たりして、

親鳥が近づけなくなったり、また、ヒナが脱走したり・・
そんなこんなで、結局、最後のヒナも・・。すくってやれなかった。
ヒナが泣かなくなってからも親鳥は、ずっと探しに来て、鳴いてました。
親ってすごい。なんだか、悲しかった、とっても悲しかった。

心が泣いた日でした。

するどい猫の爪痕、猫は木にのぼるんですね

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今月はいろんなことがありました。

お仕事は、楽しくて、充実していて、
私やっぱり、アプリの仕事好きだぞ!って、実感しました!

そして、心理カウンセラー2級の資格試験、や、トレーニング。
月の最初に1次試験に通過して、
3日ほど前に、2次試験に望みました。

今日、合否の発表でした。そして、不合格でした。

あぁ・・いろいろありました。

いろいろ頑張りました。
でも、及びませんでした。厳しいです。

ちょっと頭冷やして、要因を探ります。また次回チャレンジします。

今月は、いろいろ重なって、忙しくもあり、緊張もあり、焦りもあり、
喜びもあり、悲しみもあり、交感神経maxでもあったし、
心が右往左往しましたし、頑張ったし、
自分の心を掘り下げるようなこともあって、自己洞察にはまったり、
でも、現実が追いついてなかったのかな
私にとっては、長い6月でした。

そういえば、いつも、6月って調子悪いかも・・。

さっ、ちょっと、自分の心の声を聴いてみます。
明日からの自分のために。

「今、私の心が言ってるのは、忙しいと心を見落としがちだね」って、

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それでは、どうぞ、自分らしいステキな毎日を!!。

「生きる」。 トンボ玉体験も。

こんにちは!。
みなさん、それぞれの5月なのでは、と、想像します。

私は、少しワガママをいいまして、
諸々後回しにして、家族の協力を得て、
GWの前半に、一夜、自分だけの時間を持てました。

一晩だけの、自由なので、何をしようと考えましたが、
その辺は、後半で。

そして、伊豆でトンボ玉体験にチャレンジ。

下は、子どもの作品↓。

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これは、緑が子どもの作品、黄色紫が、私の作品

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子どもが、2回目に作った長方形のトンボ玉、
ブレスレッドにして頂きました。
どの角度からみても、なんとも、ステキな色合いです。

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私が欲しいです(笑)。

こちらのお店

 

www.glasmalerei.jp

 

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今日のお題は、「生きる」


体や状況は、生きているのですが、
いまひとつ、「生きてる」実感が持てないとか、
または、「死にたい」とどこかで思ってしまったり、
そういう感覚になることが、私はあります。

いろいろな、モヤモヤとか、空虚感を抱えている状態なのだと思います。

私の場合、ずいぶん、そんな状態が続いていた気がします。

 

これまで、心理学を学んだり、いろいろな体験の中で、
様々な気づきがありました。
自分のモヤモヤや、よく解らない感覚を言語化していく上で、
出てきた言葉が、
「自分は既に、死んでいると思っている」感覚があるとか、、
「自分は、透明人間になりたい」だとか、
「何も感じない、私は心をなくしているのでは?」だとか、
そういう言葉が、出てきていたわけですが、

そういう自分の感覚と向きあう事ができて、
洞察を深めて来まして

たぶん、これ、「生きている」という実感を得ていないという状態なのだと
捉えることができててきました。

実際には、「生きている」んですけど、
毎日、様々なことをこなし、
いろんなことを考えて、前向きに進めているつもりなのに、
空虚感がぬぐえない。

だから、「もっと、頑張らねば、もっと」と思ってしまうけど、
現実的には、「もっと」を実現する余裕も、体力も、環境条件もない。
満たない、満たせない、自分を嫌悪する
という、いわゆる負のスパイラルに陥ります。

本当に欲しいものは、「生きている」実感があればいいです。
では、その実感とか何でしょうか?

それは、おそらく、「今を生きること」なのではないでしょうか?

大抵は、過去に囚われている。
あるいは、未来を考えすぎて、不安になる。

その2つが今を生きていない原因のような気がします。

なので、
「今を生きる」ということは、過去や未来に囚われないということ、
「今を大事に感じる」という理屈になります。

どういうことかと言うと、
結局、自己受容ということになります。
自己受容とは、ありのままの自分を受け入れる。
好きな自分はもとより、嫌いな自分も自分の側面であることを踏まえる。
そんな、痛い自分の、痛みを感じることかもしれません。
あるいは、好きな部分の自分を素直に喜ぶことなのかもしれません。

そんな、凸凹な自分を認めて、凸凹な自分に即したものを選ふ、

ということだと、気づいた訳です。


私が、しばらくなくしていたものは、「自分」でした。
私の落とし物は、「自分」でした。
私が探していたものは「自分」でした。
本当の自分、今の自分。
「過去の自分」でなく、「理想の自分」でもなく、
今の、等身大の、若い頃よりも格好悪いけど、妙な深みのある、
けっこう痛い「今の自分」でした。


そして、その自分を取り戻すために、
また、自分を確かめるため、自分を感じるために、
自分の思っていることを、言える、表現出来ることをしようと思いました。

過去の日記を元に、自分を振り返ると、
自分をなくしたころ、
言っても伝わらない感をとても感じていて、
自分は変わっている、自分は受け入れられない存在感を持ってしまい、
本当の自分の気持ちを、出さなくなった気がします。
それが、「透明人間になりたい」という感覚になったのかもしれません。

振り返りの、元になったのは、
私が2001年~自分webで公開していた「光と闇のダイアリー」という日記でした。
2009年頃から、公開を辞めていました。

GWの前半の一夜に、この日記の続きを書こうと、
止まったままの、時間を進めようと、
見えなくなっていたものを、編集しようと、した訳です。

まだ、2012年までしか、追記出来てませんが、
こんな自分もあったと、自己受容するに至り、復刻してみました。

そして、主旨を新たに、「黄月家K's 気づきlog」を公開することにしました。
昨年からの「自分」の言葉を随時追記して行きます。

黄月家K's気づきlog

黄月家K's Old Day_光と闇のダイアリー

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みなさん、

どうぞ、ステキな一日の実感を、楽しんでください。