ココロド_黄月家K's weblog

考えすぎ? ココロド_心理カウンセラー_黄月家Kの 思考いろいろ、ものづくり、カウンセリング心理学、時々庭、時々日記です。

「傷つきやすい人、怒りっぽい人」

あっという間に12月ですね。

先日、空の真上に、虹が・・ なんか、イイことありそう!

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うちの庭のモミジも、鮮やかになりました。

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今日のお題は、
「傷つきやすい人、怒りっぽい人」

 

一見、正反対のように思えますが、
実は、要因に共通点があります。

それは、

劣等感(コンプレックス)

 

自己受容出来ていない劣等感(コンプレックス)は、
心の状態として、I'm not OK の状態です。

解りやすく言うと、

「自己嫌悪感」が根底にあります。

 

心理カウンセリングで「自己嫌悪」がうかがえる状態を、
「実現傾向が発揮されてない状態」と見立てます。

「実現傾向」とは、
カール・ロジャーズの理論で、
「人は、自分の持っている潜在的な能力や、自分らしさを発揮して、
建設的な方向へ向かおう(成長しよう)とする傾向」を持っているという内容です。

私なりに解説すると、
本来、人は、自分の能力を発揮して、成長するチカラを持っている。

そして、その自分の能力を活かして成長するチカラを発揮する条件は、
自分が「本来の自分」で居られる状態、ということです。

逆に、自分の能力を活かせない状況というのは、
「本来の自分」で居られない状態、
つまり、本来の自分の要素を、否定的に偏って捉えている場合です。


人は、身体や、考えや、気持ちや、行動など、様々な要素の複合体で、
想いの外、矛盾を抱えやすい構造になっています。

例)
「頭とカラダは別」← 身体反応と、考えの、矛盾や不統合な状態のこと
「キモ可愛」← 思考と 嗜好(気持ち?) の不一致や矛盾
ツンデレ」← 行動・態度や気持ちの不一致
「建て前」← 思考や行動と、気持ちの矛盾や不一致
「忖度」← 共依存的思考(思い込み)や行動と、気持ちや実際の法律などの矛盾など

自分の中で、矛盾や葛藤や不一致の状態があるとき、
その矛盾した状態の、あるがままの自分を受容できる状態の場合は、

たとえば、
人間は矛盾がある生き物、こんな時もあるさ。
今回はやむ得ないところは残るが、次に活かそう。
納得いかないところはあるけど、今の裁量では、これがベストだった。

などなど、自分で自分を納得できたら、
次回に向けて、経験を活かして、裁量の幅も広がるし、
他者の苦しい気持ちや、苦い経験も理解出来る、人間の深みにもなり、
更なる成長へ繋がる可能性も高まります。


しかし、
自分の中の矛盾を自己受容できていないときに、
あるいは、思考がパターン化(否定的自動思考)して、偏っている場合に、
自分の中の、片方の自分の側面を、「自己嫌悪」するI'm not OK の状態になります。
(「I'm not OK」とは、交流分析心理学の用語で「人生の構えの理論」)


I'm not OKの状況は、
自分で自分を抑圧する、あるいは、
自分で自分を酷使する、あるいは、
自分で自分をいじめるといいますか、自分を大事にしないといいますか、
「本来の自分」を傷つける方向に作用します。

つまり、
自己ケアが出来ない、
自己内部でエネルギーを消耗する、
という状態になり、成長どころでない状態が、自己内部で発生しています。
そういう状態では、
他人と交流するエネルギーすら維持できなくなり、
更に内向的になったり、ひきこもたりしてしまうと、
自力でもエネルギーの確保が難しく、
外部からのエネルギーも届きにくくなるという、
悪循環にも・・。


「傷つきやすい人」は、
このI'm not OKの状態で、
ただでさえ、自己内のエネルギー量が少なくなっている状態で、
更に、自分を責めるタイプと、考えられます。
自分に自信がないので、他者の言葉に必要以上に過敏に反応してしまう
外部準拠の思考サイクルと言えます。


「怒りぽい人」は、
I'm not OKの状態で、
弱い方の自分(自分の一部)を切り捨てることで、
心を強くしようとムリをしているタイプと考えられます。
心理学用語でいうと、
防衛機制がはたらいているタイプ。
たとえば、
抑圧(弱い自分を拒絶する)
否認(弱い自分できない自分を認めない)、
隔離(弱さの感情を麻痺)、
置き換え(否の対象をすり替える)
合理化(他者を批判して正当化する))、
打ち消し(反対のことをしてなかったことにする)
反動形成(正反対の態度や行動)
などの無意識的に防衛機制が働いている状態と考えられます。

自分を維持する(守る)ために、
事実や他者を否定する態度や思考を持つ
外部準拠のサイクルと言えます。


どちらも、本人も周囲も辛い状態が、あると思います。


では、どうしたら良いかと考えますと、
1)まず、自分の「I'm not OK」の状態に気づく(自覚する)。

これ一番大事です。
人は、実現傾向を持っていますし、
生命維持機能の感覚が戻ってくれば、
バランスを維持しようとする生理的機能(=ホメオスターシス)も機能します。
いわゆる自己治癒力。
人は、本来なら充分な機能や能力が備わっているのですから。


もし、その先を、
私が心理カウンセラーとしてファシリテートするとすれば、

2)自分がどうしたいのか、自分の欲求や希望を探る(「I'm OK」の方向を探る)。
3)自分の内面や自分のカラダの状況など、自分の別の側面を知る。
4)2と3の調整点を、ひとつづつ、少しづつ試して、「I'm OK」を増やしていく。

という感じでしょうか。
(実際はケースバイケースですが・・。)

--
今回、
「傷つきやすい人」、「怒りぽい人」を、
お題にしたかった背景には、

そういう人多いなぁと、社会事情に感じるからでした。

たとえば、
あおり運転、ネットリンチ、過度な批判、
心が表現できにくい風潮、言いたいことを言えない人々、
裏アカウント

--
「I'm not OK」の構えの背景には、「You'er not OK」の構えの存在があります。
2つの構えが相乗して、増えているようにも感じます。

交流分析心理学だと解りやすいのですが、

クリティカルCritical Parent(厳格・支配的)な性質傾向は、
「You'er not OK」の構えとして発せられる傾向がり、
「I'm not OK」の構え(=Adapted Child 順応・自己抑制した性格傾向)を
誘発する交流傾向があります。

つまり、

「You'er not OK(批判的)」の人に近くに、
「I'm not OK」の人間が増える。
という構図です。

 

状態を変えるなら、
「You'er OK」(=あなたはあなたで良い)で交流を始めると、
「I'm OK」(=私は私でいて良い)が、増えて、

「I'm OK」が生まれて、
自分の内部で自信(自己への信頼)を少しづつ積み重ねるることできると、
他人を批判したり、自分を抑圧したり、交流を閉鎖しなくても、、
自分を維持できるようになります。

 
理論上は、こんな感じですが、
実際には、行ったり来たりを繰り返して
少しづつ・・変化を受け入れる過程の時間経過が必要なので、
「You'er OK」で受容的な見守り役が、
そばにいるといいのかなぁと・・
思ったりします。

他人のことを「あなたはあなたで良い(You'er OK)」と
思えない場合は、
自分自身が、共依存(外部準拠)に陥っている可能性があります。
自分自身の確立ができていれば、
他人をコントロールする必要もなくなり、
他人が、どうであれ、自分は自分、他人は他人と、
それぞれの人生の課題を分けて考えることができます。

「You'er OK」の人が、身内や先生だといいのですが、
そこがクリティカルCriticalな場合は逆効果なので、、
心理療法や、心理カウンセラーが
お役にたてる場面というか、時代なのかぁと思ったりもします。

---

私の方は、と、申しますと、
しばらく取り憑かれていた(笑)I'm not OK の感覚が、
ようやく、取れてきました。

手順は、自分の欲求を、とにかくあきらめず伝えて、
回りを囲っていた「You'er OK」の壁を、
少しずつ・・変えてゆきました。
私にとっては、ベルリンの壁さながらでしたが・・。

まずは、自分らしさを活かしたい・・と、願います。

--
1月にアートセラピーの講座を
東京神田で、開催できることになりました。

詳しくは、

http://jtc-web.jp/student/info/shosai.php?id=332

今回は、アートの体験がない方でも、楽しんで参加出来るよう
選んだパーツを使って、レジンで、
アクセサリートップをつくってみたいと想います。
交流分析心理学を応用した、アートワークです。
作ったアクセサリートップは、お持ち帰りいただけます。

--

季節は、寒くなって来ました。
こんどは、自分の心を温めて、みませんか?

 

「理屈じゃなくて・・」_心理学

10月もあっという間にハロウィン。

今日の庭、スノーポールが咲き始めました。

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昨年のこぼれ種からの花。
たくましさに癒やされます。

カマキリさんが、ボンネットに乗っていました。

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今年も、おんぶバッタが沢山、飛び跳ねていました。

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東京多摩地方、昨日木枯らし1号でしたか?

秋も深まって参りました。

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さて、今日のお題は、「理屈じゃなくて・・」


ここのところ、weblogで、ずっと理論系のことを書いて来ました。


私の学士は、哲学と美術なので、
左脳と右脳の、両脳派と言いたいところですが、

実は、ここずっと忙しく、忙しいと、合理的になってしまいまして、
割と左脳優位だった気がします。

どちらが良いとか悪いかという問題でもなく、
今の自分(気持ちや、カラダや、考え、行動などなどの自分の各属性)に、
あった脳の状態かが大事でして・・

私の場合、左脳優位になると、
自分の気持ちやカラダの状態を、無視しがちになります。

こうなると、結構、自分がバラバラになりかけ、
同じ事をしても、疲れる度合いが、違うので、
自分の中の、それそれの自分を見守りつつ、
右脳や左脳を切り替えれたらいいなぁと思うこの頃です。


という訳で、「理屈しゃなくて・・」

「もし、自分の活動時間が、あとわずかだとすると?」
私は、どんな私を選ぶかな?と、ふと想像してみました。

私の場合は、哲学や、母校(大谷大学)で仏教哲学などを勉強していたこともあり、
死生観は、哲学的です。
哲学的には、人は生まれた時から、死に向かってベクトルが進む訳ですから、
死ぬことは、未来にあることで、
「生きる」ということは、死ぬ時まで、「どう生きたのか」、ということ、
という具合に、いつも、「死」を意識して、
「生」を生きてきたところがあります。
(理屈っぽくてすみません・・(笑))

 

そう考えると、
結構、自分は、いつも一生懸命、精一杯、生きてきたと思います。

「もし、自分の活動時間が、あとわずか」だとしても、
今やっていることは、どれも大事で、あまり活動が変わらない気がするのです。

たとえば、クリエイティブも、講師も、心理学も、養育も、
たぶん、今と同じ、変わらない。

なぜなら、自分が全力でしたいことだから。

他は、後回しにしたいことは、家事ですかね・・(苦笑)

そう思うと、何も生活が変わらないので、疲れる要素はそのまま


もう少し、頭を柔らかくして、逆に
「もし、時間があったら、何をしたい?」と考えると、

映画やテレビドラマを見たいでです。
お友達や、新しいお友達と楽しく交流の場を築きたいです。

そう考えると、ようやく、埋もれていた自分が、ウキウキを感じ始めた気がします。
そう考えると、やっぱり、今は、頑張り過ぎているなぁと・・少し解ります。

全力でしたいことをしていても、
忙しくなり過ぎると、
自分のカケラをどこかに落としてしまうのかもしれません・・ね。

 

かといって、頑張り時も、あると思います。
物事や、自分の気持ちにも、旬があります。
機会やチャンスにも、タイミングがある。

 

というわけで、

自己分析するに、
そもそも「理屈じゃなくて・・」と思う時点で・・
「理屈じゃないもの」に眼を向けるタイミング・機会と言うことでしょうか・・ね。

ものごとは、
流れと、リズムとタイミングが大事(笑)!!。
ということで、次の流れが始まるまで、
しばし、頑張り過ぎないように・・、
ゆるくなってみようななぁ・・


なんて、感じた今日、この一瞬でした。

--

みなさんのこの頃は、いかがですか?

よかたら、頑張り屋さんの、ゆるめのお話し聴かせてください!。

どうぞ、秋の夜長に、自分メンテナンスのゆるめの時間を!。

私の「アイデンティティー」とは、発達心理学より

10月になりました。
みなさん、いかがお過ごしでしょうか?

今年も、庭にぶどうが沢山なりました。今年もぶどうジャムをつくりました。

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今年も、庭に、あけびがなりました。今年は3つなりました。
味は、甘いのですが、今年は少し渋みがありました。

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今年は、忙しく、庭もあまり手入れ出来ませんでしたが、
毎年、楽しめるものがあるのは、楽しいし、気持ちをいやしてくれます。
お庭さん、ありがとう!!。

---さて、--

 

今日のお題は、「アイデンティティー」

発達心理学の中心的な理論である
エリク・H・エリクソンの発達段階理論によれば、

12才頃~20才頃の青年期に、
アイデンティティーの確立 対 アイデンティティーの拡散という
発達段階があります。

 
この「アイデンティティー」なるもの、
よく聞くようで、今ひとつ、日本語文化の中で解りづらいところを感じます。

一人の人間として、また社会の中で生きる上で、
あるいは、人として、自分自身を活かしながら、
社会と調和できる統合した人格像の基礎となるもの、なのですが、

ピンとこない人も多いと思いますので、
解説したくなりました。

発達段階の全容については、下記で参照できます。

 

発達心理学 - Wikipedia

エリク・H・エリクソン - Wikipedia


アイデンティティー」とは、辞書では、
「同一性」「主体性」「自己同一性」「個性」「連続する同一のものであること」
などの意味になります。

人間は、
身体、考え(認知)、気持ち、行動、などの複数の要素の複合体なわけですが、
これらが、同一性をもっていること、あるいは、
確立された同一性のある概念の存在が、「アイデンティティー」です。

 

人間は複雑なことに、
その複数の要素が同じ方向で、作用しない場合があります。

たとえば、
内心今日は気が乗らないが、建て前で、相手に合わせよう。
もしくは、
今日は疲れているが、がんばらねばならない。
または、
弱さを否定している自分がどこかにいて、無意識にいつも怒鳴ってしまう。

などなど、

 

そのような、身体、考え(認知)、気持ち、行動がバラバラな状態を
心理学では、混乱、葛藤、不一致、自己不一致、自己否定、防衛機制、不統合、統合失調、かい離、ペルソナ、・・
などなど、さまざまな状態を表す、言葉があります。

人間は、成長段階で、
乳児期に、養育者の養護から、安心や信頼を、あるいは、不安や不信を経験し、
幼児前期に、幼い自律行動に対しての、養育者の受容か否定かによって、
自律性か恥かを学び、
幼児後期に、幼いながらの気持ちを、受容か否定かによって、
積極的か、罪悪感かのどちらかを学び、
児童期社会で、受容か否定かによって、
生産性か、劣等感のいずれかを学ぶという過程の先に、
学んだことを基盤に、
自分で判断し、自分で行動する判断力を持つ心理的な発達段階へと進みます。

他人対して、信頼や安心をある程度もてない場合も、
自分に対して、信頼や自信を持てない場合も、
自分の気持ちに、罪悪感を持ってしまう傾向も、
自分に劣等感を持ってしまう傾向の場合も、

自分の考えや、気持ち、行動、あるいは、身体に、
自信が持てない状況になるのは、解る気がします。

そのような状態で、
自分で自分のことを選んだり決めたりして自律的な自分に変容していくことに、
不安やためらいが生じるのも、解る気がします。

しかし、

自分の気持ちや考えに責任を持ち、自分で自分の人生を選んで行ける自律性が、
アイデンティティーの確立」、ということだったりします。

アイデンティティーの確立」とは、
言い換えると、自分の主を、自分できる、段階のこと。
自分の主とは、自分の思考や行動などの選択基準が、親の判断であったり、規則であったり、他人や外部の評価基準であったりした段階から、
様々な経験から学んだことを、自分の判断で、物事を調整・応用できるようになる成長過程のことです。

養育期に、否定的な環境であったか、受容的な環境であったかは、
アイデンティティーの確立に、大きく作用します。

しかし、仮に否定的な環境であったとしても、
否定的な要素から、物理的にも心理的にも距離を取ることで、
自己の自律性を育てることもできます。
心の成長には個人差も環境差もあるし、
早いことや遅いことに、固執する必要もありません。

現代日本の場合は、親の保護期間も長い環境もうかがえ、
日本の、アイデンティティーの確立期は、概ね30才前後という見解もあります。

アイデンティティーの確立」と、
アイデンティティーの拡散」を、
補足的に、比較して、多角的に説明してみます。


--「アイデンティティーの確立」の対比図_ココロド編集--

 

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最近の、
他者否定的な風潮や、排他的な炎上や、
他者への固執的な事件や、社会現象の背景にも、
繋がるところが多いと、私は感じるところもあります。

 

では、自己の「アイデンティティーの確立」をするために、
できることは、どんなことか?
あるいは、他者の「アイデンティティーの確立」をうながすために

と考えますと。

今日のテーマの冒頭の方に戻りますが、

人間は、
身体、考え(認知)、気持ち、行動、などの複数の要素の複合体なわけですが、
これらが、同一性を持つこと、

つまり、自分自身を統合していくことに繋がります。
そして、その判断基準が、内部準拠(自分の意向)であり、
自分の行動や言動、考えや気持ちに「責任」を持つこと

です。

自分自身に責任を持つと、自ずと気持ちや考えや行動が深まり、
一致してきます。

第一段階の、
方法としては、自分自身の好きなところも嫌いなところも、
受け入れる(受容する)ことから、始まります。
自分を知るということでもあります。

 

他者の「アイデンティティーの確立」をうながすためには、

他者の、考え(認知)、気持ちを、聴いて、
他者が自分の気持ちや考えを持つことができる、環境を作ることが必要です。

そして、その気持ちや考えに、責任を持たせる対応が、望ましいです。
対応することに、引け目または権威や加護を感じていると、
他者の自律が難しくなります。
対応する人自身も自律的モデルであることが望ましいです。

やがて、自分のことを、自分の技量や要領の善し悪しを知って、
自分にあったコトやモノ、
自分を活かせる環境を自ら探し出せるチカラを発揮するために、
自律していく方向で、見守ることが、
他者の「アイデンティティーの確立」に役立ちます。

--

とはいえ、
私自身は、エリク・H・エリクソンの発達段階理論に置き換えると、
成年期_中年期の、アイデンティティーの再構築期にあたります。

青年期の「アイデンティティーの確立」の後も、

家族環境が変わったり、カラダの状態が変化したり、
社会が変わったり、

これまでの、自分で居続けることが難しい状況も、多々出て来る時期でもあり、

もう一度、
自分とは、何者で、どんなことを望んで、どうなりたいのか、
どんな風に、生きていくのか、
自分の「アイデンティティーの再構築」をしている最中です・・。

でへへっ。

 

自分がバラバラになりそうな時は、

10分、時間をとって、
マインドフルネス、するようにしています。

--
秋の夜長と申しますが・・・

自分の内面と向き合ってみるのには、良い季節かもしれません。

どうぞ、ステキな秋をお過ごしください。

夏の空。睡眠と、命

8月も終わりですね。

写真は、8/9 17:09 多摩モノレールからの空です。

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雲の割れ目からは、光が・・!!。

この雲、「涙雨」の映像の雲ににてるかも↓。

涙雨 (黄月家middle Kさんの作品) - YouTube

 

下の写真は、8/6 18:28 立川の空。

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龍と龍?(白狐?)が、meetingな感じに見えまして・・。

---

東京多摩地方は、暑い日が続いています。
こんなときこそ、自己ケア大事さを感じますが、いかがでしょうか?。

--

今回のテーマは、「睡眠」

5・6月あたりに、NHKで「睡眠」がテーマの番組があり、
メンタルや、脳や、カラダに、気になる内容でしたので、
まとめてみたいと思いました。

 

 

脳が稼働すると、「アミロイドβ」というタンパク質が出るのですが、
アミロイドβ」とは、脳の老廃物。
アミロイドβ」は、粒子状の状態ですと、
有酸素運動や生活の中で排出できるしくみですが、排出が追いつかず貯まると、
アルツハイマー病の原因の老人斑という固まりになります。

アミロイドβが、貯まると、頭痛や脳の機能低下、
脳細胞の萎縮に関わる性質が示唆されています。


ラドバウド大学シャーゲン准教授らによる、実験で、
睡眠と徹夜のグループを調査した結果、
10時間後、睡眠組みは、アミロイドβが減っていたのに対して、
徹夜組みは、アミロイドβが増えていたという結果から、

アミロイドβは、「睡眠」中に排出されることがわかり、

さらに、
ワシントン大学医学部神経学デイビット教授らの実験で
睡眠中の動きが少ない、良質な(眠りの深い)睡眠では、
89%以上のアミロイドβが排出し、
睡眠中の動きが多い、睡眠の場合は、
75%以下のアミロイドβの排出量に止まったというデータから、

深い睡眠を充分取ると、アミロイドβが、
ほぼ、排出できることが解って来たとのこと。

睡眠中、脳細胞の間に隙間ができ、その隙間を通って効率的に脳の老廃物を排出する流れの映像データもあった。

では、アルツハイマーやうつの原因となる脳の疲れを解消(排出)するために、
必要な睡眠時間は、どの程度の時間なのか?

NHKスペシャル睡眠負債が危ない」によれば、

成人で、8時間前後
中高生、8時間前後
小学生、9時間程度
幼児、 10時間程度

とのことでした。

NHK睡眠負債チェック調べによれば、
回答者の平均睡眠時間は、5時間58分

現代日本は、睡眠不足の傾向が高いことが解ります。


睡眠不足することで、
・仕事の効率が低下
・意欲の低下
・病気、病欠
・死亡リスク
が増える。

ラント研究所の報告によれば、
日本人の睡眠の短さが、15兆円以上の経済損失を生んでいる、そうです。

ウツや心の不調も、睡眠不足から始まるというデータもあります。

参照:

「ガッテン_  これが世界最先端!“認知症”予防SP」 NHK2017年5月17日放送

これが世界最先端!“認知症”予防SP - NHK ガッテン!

NHKスペシャル睡眠負債が危ない」NHK2017年5月17日放送

睡眠負債が危ない|NHKスペシャル

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実際、これらの番組を見るまでの私の睡眠時間は、
平均6時間ぐらいでしたし、

若かりし頃、
過去CGの仕事をバリバリしていた頃は、平均4時間ぐらいでした。
その頃は、カラダの疲れもとれず、肩こりや腱鞘炎や頭痛など、
体調不調が沢山有りましたし、
脳も常に茶ガラ状態で、ボケボケも多く、
ミスも多く、気分や気持ちも、下げ下げが続いていた頃が長くありました。

睡眠のメカニズムが解ることで、
不調の悪循環の理由の一端も解ることになりました。

--

また、最近では、
良質の睡眠(熟睡)をとることで、
ストレスホルモンが低下し、ストレスホルモンが低下すると、
さらに、血糖値が下がり、血糖値が下がると、
さらに、交感神経が下がる、
ということが解ってきました。

つまり、睡眠の質を高めることで、成人病が改善するという効果があるようです※。
(※ガッテン_最新報告血糖値を下げるデルタパワーの謎_NHK2017.2.22放送)

世界の睡眠時間は1960年(8時間13分)にくらべ、2015(7時間15分)は、
1時間短くなっている。

OECD_2009の調査によれば、
世界の睡眠時間は、
1位)フランス_8時間後半
2位_アメリカ、3位_スペイン
日本は最低レベルとのこと。


NHK睡眠負債チェック調べによれば、
回答者の平均睡眠時間(2017日本)は、5時間58分

現代日本は、睡眠時間が、圧倒的に少ないことがわかります。

---

現代日本の現実は、
フランスやアメリカと比べると、
日々、約3時間弱、睡眠時間が短く、結果、命を削っている、と考えると、
胸が痛くなります。

---

そんなこんなで、
私の方は、「なるべく、睡眠時間を確保する」を
課題に、ここ3ヶ月ほど、過ごしてみました。

そうすると、やはり、時間は有限なので、
取捨選択の必要性が出てきます。

優先するモノ、自分のとって、本当に必要なこと、
自分の大事なこと、それは何か?

私の場合、ここ3ヶ月で随分変化を感じます。

あることを、手放すのは、やっぱり勇気が要るし、
変化も恐い部分もありますし、
人間関係もそれに応じて変化もありましょう。
距離の出来る人もいる。

だけど、その分、よく考えて、
大事なモノを優先することで、
去って行くモノコトを、執着せず成り行きに任せる。

そこには流れが生まれて、
去って行くモノコトは、私よりももっと、より合うところへ流れてゆける訳です。

願います。
みんなに、コト、モノに、自身の未来を選ぶチカラがあるのだと。


変化はあったものの、
自分は、これまで、随分ムリしていたのだなと感じました。
残ったものだけでも、ちゃんと向き合うだけで、手一杯なのですから。

なんて想いつつ、

今年の盛夏が過ぎていく、季節になりました。

さて、今度は、残ったモノをひとつづつ、カタチに、
気持ちを込めて参ります。

--

「自分にやさしく」ってどんな感じなのか?、

具体的に考えてみたら、やっぱり、自分への声かけかなと、ふと、想いました。

「やさしく」とは、甘やかしでも嘘でもありません。

認知療法の要領です。

自分に対する否定的な認知を変えていくこと同じ手法です。

そのための、意味合いは、
自分を認めてあげること(受容と共感)、なのだろうと想います。

今の自分を、「抱きしめて」あげる言葉を、
かけてあげることなのではないでしょうか。

自分を抱きしめてあげるような言葉、
私は、痛みを抱えている私に
「よくがんばった」と「そんな君は人間らしい」と
伝えてやることにしました・・。

--

今度、みなさんの夏のお話し聴かせて下さい。

 

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「いじめ」初期、夏スイカ

うちの庭も夏、スイカが採れました!。

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随分前の話ですが、GWに、国立の親子の陶芸体験に行ってつくりました。

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木のような、一輪挿しのつもり花瓶、(2輪ぐらいは立ちそう、高さ5cm位)

白いの方は、鉢カバー(小さめ)。

子どもの作品は、

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心に優しい作品に感じました。

--

今日のテーマは、「排他」つまり、「いじめ」初期

今回は、小学生、中高学年の、グループ化と「排他」衝動にいて、
考えてみました。

 

小学生も、中高学年になると、
なかよしグループをつくったり、
グループに固執したりする傾向が多く見受けられます
そのグループ化による弊害について考察してみます。

エリック・バーン交流分析心理学的では、
7才~11才は10才前後は、比較が分類が出来るようになり、
理論な伝え方が出来る年頃で、この時期に取り込んだ理論は、
人格形成上の、理論的な思考や判断のもととなる
性格を作る基礎的な理論を構築する年齢になります。

たとえばこの時期の、成功体験は成果理論として、
また、弱肉強食や排他的優越などの歪みを理論的に取り込むと、
以後の人生でそれを応用していく人格となる傾向があります。

また、エリク・H・エリクソンによる発達心理学によれば、
6才~12才頃は、生産性(勤勉性) 対 劣等感が課題の時期。

この二つの理論から考察すると、
比較や分類ができる能力を理論的に活かして、
生産性(成果を得る感覚?)を感じられる生活(家庭や学校)や体験を
得ることがが望ましいことになります。
歪みの中で、活動に対応した成果を得れない(感じられない)場合には、
以後の心理性で劣等感が心の軸になってしまう傾向と考えられます。

これからのことから、
知識や頭脳、能力の発達にしたがって、
他者との違いや、個性を、
適切に、客観的に、平等に、偏見に偏らない関係が築かれなかった場合に、
以後の生活の中で、自分を肯定するために、他者否定をする必要が生じ
排他やいじめの傾向を持つことになるのだろうと、考えることができます。


現状の小学・中高学年の子ども達(近頃は大人も)をみていると、
比較や分類できることが、排他に繋がる傾向も感じます。
排他は、他を落とすことで、自分の優越感を得る方法、
劣等感の裏返しです。
実は、自己肯定感が低く、
他者を落とすことで自分の価値を上げるという仕組みです。

その背景には、子ども達が、子どもであることを、
子ども自身であることを、
尊重されていない環境などの現状があるのかもしれません。

他者に認められる基準が、
「自分であること」の他に存在する外部基準が
主体になってしまっているということです。

排他を肯定する理論になる、基準は、
外部準拠(共依存)となり、自ずと自らを縛る結果になり、
生きづらさの基になります。


方向性としては、
比較、分類が出来ことを、
客観的に理論で応用して、生産性に繋げるこことが、叶う環境づくりが、
排他の不快をなくしていく方向性だと感じます。

具体的には、比較分類の対象となる、個性を、生産性に繋げる、
「個性を活かす」「違いを活かす」という方向と考えます。

つまり、「適材適所」の原理の応用で、生産性に繋げる仕組みとなります。

自分が自分らしさを活かして、他人に受け入れられる体験を積み、
また、自分に出来ないことを、他の人の力をお借りて、
劣等感を持たずに、素直に感謝できる仕組みのことです。


自分と他人は、違う。

違う故に、助け合いができる。

助け合いの繋がりのある仕組みです。

 

では、実際、どうしたら良いのだろうか?と、
カウンセリング心理学の理論を応用して考えてみました。

大人になってからの、心の問題の多くは、
子どもの頃に、身についてしまった、
歪んだ「考えグセ・思い込み」の応用(否定的自動思考)が原因となります、
これを心理学用語で「認知の歪み」といいます。


人格形成期の中では、「歪み」のない、
平等で対等な応答や、営み、関係の確保が望ましいことになりますが、
現実は、社会も家庭も学校も、「歪み」が存在します。

「歪み」を抱えた大人達の歪んだ世界が、
子どもの歪みの背景にあることは言うまでもありません。

しかし、不必要なダメージを受けないために、
また、「歪み」を他人に押しつけないために、

1)「歪み」だと理解していることが大事です。
「歪み」とは不平等で偏った考え方や思い込みのことで、
自分に対しても、他人に対しても、関係に苦痛をもたらします。


「歪み」の原因は、「ディスカウント」です。
軽視や見下しによる否定的な感覚を受けた、心の傷(トラウマ)によるものです。
排他も、他者コントロールも、暴力も、無視も、ディスカウントにあたります。
言葉だけでなく、態度もです。
本来、人は年齢や立場や性別、貧富に関わらず、人である尊厳は平等です。
人は人です。

そのことから考えると

みんなが幸せな未来を創るためには、
軽視や見下しという、
2)不平等で心が傷つく、発言や行動をすることは、
「悪意」だということを、認識することが大事と感じました。


3)同時に、個性や違いは、可能性をはらんでいるステキものという認識も、必要になります。

4)その上で、自分を活かす(実現傾向の発揮)ために、
自分を知り、他人を理解しましょう。

5)必要であれば、お互いを尊重出来る方向で調整を試みましょう。

と、私は、カウンセリング心理学理論を踏まえて考えました。


実際に、自分を活かすためには、
本当の自分のコトを知り、伝える必要があり、
他人の話を聴くためには、劣等感を持たない「自己の確立」が必要になり、
調整をするためには、「柔軟な思考」が必要になります。


私も親ですし、
私にも、子供の頃があり、
分類、比較の時期に、痛みの経験もあります。
どこまで、自分や、まわりが、歪みのない世界を実践できているかは・・
相手があることだけに、難しい部分もありますが、
少なくとも、知識があれば、
軽視や見下し、無視などにより、受ける心のダメージを軽減できます。

そして、不快を感じた時は、
「不快」な状況であることを、
相手や周囲や支援者や環境にしっかり伝え返してあげることも、
連鎖を食い止める方法となります。


また、長くなりました。
読んでくださって、ありがとうございます!!。


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東京多摩地方、曇りや雨の多い日が続いています。

私の方は、やっぱり、なかなか時間の調達が、まだ上手くできませんが、
それなりに、できることを・・やっていこうと・・思う次第です。

みなさま、今の自分を感じることができるような夏を
お過ごしくださいね。

 

化石発掘。 「本音」トーク。

こんちは、6月になりました。
私も、歳を重ねました(笑)。

この化石は、木の葉化石センターさんから、
購入した化石が入っているかも原石を、割って発掘体験したもの

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木の葉の化石、こんなに!!。

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次の化石は、化石は、神流町恐竜センターの化石発掘体験で
発掘した二枚貝や、巻き貝の化石。

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発掘できると、うれしいです!。
いずれも、春のことでした。

そして、今は、今年も、庭にゆりが咲いています!。

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短い期間ですが、花が大きいので、迫力あって、
庭がパッとして、印象的にキレイに感じます!。

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今日のお題は「本音」

「本音」で話できる関係のことを、
カウンセリング心理学では、
真実の交流(ふれあい)「親交」、
または「親密性」という言葉が使われます。

人間関係において、本音で話せる交流は、
I'm OK. You'er OK.の関係
つまり、「あなたはあなたであって良いし、私は私であって良い」、という
自律的な対等な存在感がベースになります。

「親交」は、
質の高い存在認知(=心の栄養、交流分析心理学用語)となり、
心が潤います。
また、
実現傾向(自分らしさや潜在意識を発揮していこうとする傾向)の基になったり、
自分のことを話すことによって、
自己への新たな気づきの機会になったり、
自分の気持ちが整理できたりします。

また、相手の話を聴くことによって、
相手や自己への新たな気づきの機会になります。

もちろん、心地よい気持ちばかりではないです。
思いもよらぬ本音は、時々ショックだったりもします。
それでも、嘘や、裏面よりも、信頼できるのは事実、
あなたは、それでOKだし、私がどう思ってもOKということです。
時々、わかり合えないままの場合もありますが、
「わかり合えないところがある」という距離感を、
持つことも必要になります。

お互いに尊重できる関係がそこにはあります。

なぜ、それを許容できるかというと、
基本的信頼がベースにあるからだと思います。

自分とは、違う考えや行動や反応であっても、
その人自身は、その人なりに、自分に誠実だと思える。
という感覚だと思います。


逆に、
「本音」で話せない、「親交」が築けない、という状況は、

大抵の場合は、
自分自身のアイデンティティーの確立がなされていない場合、
つまり、外部準拠な判断に、自分をゆだねている状態、
または、共依存症(人に依存している状態)の傾向がある方は、
自分の価値の基準の確立が、外部や他者によるので、
人との違いを許容できない傾向があります。

受けたショックを、他人と自分の境界が曖昧なために、
自己への否定的評価として受け止める傾向もあり、
また、自分を労ることを、他者に依存するために、
傷つき、労りを求め、更に、傷つくという、
悪循環ループになってしまうことがあります。

なので、「本音」の話ができる「親交」は、
お互いの、自律性が必要になります。

自律性が未成熟傾向の方にとっては、
「本音」は、不安な交流となり、
「本音」や「親交」を避ける傾向があります。

共依存症の5つの障害に「親密性からの逃走」という障害があります。

外部準拠や共依存傾向がある場合は、
外部から自尊心を得るために、上下の関係を必要とするために、
「対等」で、「本音」を聴けないし、言えない、傾向があります。

--

カウンセリング心理学の基本概念で、
カール・ロジャーズの、「実現傾向」の理論があります。

「人が持っている潜在的な能力や自分らしさを発揮していこうとする傾向」のことで、
信頼のある環境の中では、誰でも、自分の能力を最大限に発揮して、
環境と調和して自己を実現(自分を発揮して自分を役立てるようとする成長力)を発揮する傾向がある、
という理論です。

つまり、信頼されて自己を発揮出来ることが自己成長につながることなります。

「信頼」と、「期待」は、区別して下さい。

「信頼」は、範囲は限定的であることもありますが、無条件であるに対して、
「期待」は、条件として作用し、他者コントロールとなってしまうものです。

「信頼」は、自律的であるのに対し、「期待」は、外部準拠的な使用要素です。

--

「本音」で話ができない環境でいると、
自分のことを感じたり、気づく機会が減り、
自分自身がよく解らなくなることも、あります。

また、他者や外界との、
自己(自分)に対しての、認識のズレ生じ、
本来の自分とは違うことを、望まれたりして、
疎外感などを感じたり、
本来の自分の否定感に感じたり、
生きづらさにつながる傾向も発生します。


このような場合は、
カウンセリング心理学では、
ジョハリの窓」の理論を応用して、
自己開示をすることで、
他者や外界と、自分自身のイメージのズレを修正していくことで、
自分が自分らしくあれる環境を作れることを
オススメすることもあります。

---

つまり、「本音」で話すことは、
他者を、軽視、侮辱しない限り、
「本音」で話す関係は、
精神の成長においても、心理的成長にとっても、
人間関係においても、
生活環境としても望ましい、こと、になります。

--

しかし、現実の今の日本社会は、
「本音」で、話づらい、と感じているのは、
私だけでしょうか?

--

現実、自己開示すると、
情報を利用しようとする人もいるし、
広範囲に広まれば、悪意のある方もいる。
自分と他者の違いが受け入れられず傷ついたり、
本音を、非難、侮辱する人も多い。

「本音」を話しづらい世の中・・

そして、「本音」の関係を経験できず、
信頼を経験できず、
自己の実現を発揮しづらく、
本来の自分ではない、仮面をかぶって生きる・・
生きづらさの、悪循環ループ。

を、感じているのは、私だけでしょうか?
--

情報を利用しようとする人、
悪意のある人、
傷つきやすい人
本音を、非難、侮辱する人、


などなどの方が、何らかの心傷をお持ちで、
何かを回避するために、
それらの「認知の歪み」を持ってしまったのかもしれませんが、
こして、「本音」で話しづらい世の中と、解釈していること自体、
悲観的にとらえる私の「認知の歪み」があるのかもしれません。

私の「認知の歪み」か、「客観的な洞察」なのかの境目を吟味するには、
やはり、他者のフィードバックも必要となりますが、
気を使いあってか・・
他者のフィードバック(本音)も受けにくい世の中・・

と、思うのは私だけでしょうか?。

--

とにもかくにも、

私としては、
できる限り、「本音」で、
自己や、人と接して行こうと
思っている次第です。

自分や、自分に関係する他者の成長を想って、
信頼出来る関係を、実践して行こうと、
思う次第です。

ただ、やはり、闇雲に「本音」では、
リスクもあるので、
信頼が必要な相手かどうかを、
範囲の境界として見極める必要もありそうですが・・。


「本音」で話せる「対等な関係」が、1つでもあると、
自分の成長、他人の成長に、つながります。

是非、記憶の端っこに。

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最近は、自分的には、やはり、時間の使い方が課題でした。
心的に体力的にも自己調整すると、
タスク的にやりきれないことが発生したり、
自分の自己調整機能が、家族の生活に関連していたり・・
結局、生活や優先事項自体を調整する必要性を感じて、
ここ3日ほど、「30分早く寝る」に、挑戦中。

自分にあったバランスはどこなか?・・模索中です。

この手の話、自己調整は心理学的には良い方向なので、
心配のご連絡いただいたりして、びっくりでした。

まったく、大丈夫です(笑)。

 

また、自己を出せば、
自己のイヤな面(自己嫌悪)も感じたり、
反省の苦みを感じながら、
「私は、大したことないなぁ」と、
大したことない自分も、本当の自分なんだなぁと
自己受容する訳ですが、
自己受容すると、
不思議と、大したことない他人(笑)も、
理解出来たり許容できたりするという・・

この過程が、

I'm OK. you'er OK. (自己肯定、他者肯定)に行く過程で、
なぜが、一度、I'm not OK (自己否定)になるのか、の、謎の行程を

経過しているのだろうなぁ・・と
感じたりもしつつ、

苦みも、味も噛みしめながら、
歳を重ねている今の私です(苦笑)。

本当に、大したことない私でスミマセン・・。

--

どうぞ、それぞれの自分を感じつつ、
それぞれの6月を!。

またいづれ、どこかで
あなたの「大したことない」お話し聴かせてくださいね。

人生の構え「I am OK, You are OK.」TA理論

もう5月。

月に1度は、weblogを書こうと思っていましたが、
今月は、いろいろ重なって時間のやりくりが大変で、
久々に、脳みそが、茶ガラ状態のような感じを久々に感じました。
以前よりは、睡眠など、自分の生態機能を確保できるようにはなりましたので、
休めば、回復できる感じではあります。
ある程度、自己調整機能が使えていると思うと、
自分の変化もまぁまぁだと思えます。

今回は、余裕がなく、初の写真はなしパターンになりそうです。

--
前回「自分ファースト」は、自律のためという内容のweblogを書きましたが、
「ファースト」は、目的が自律にあるから、成立するのであって、
他罰傾向のある場合の「ファースト」は、困ったなぁと
最近の情勢を観て、追記で感じおります。

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今日のお題は、
「I am OK, You are OK.」

 「交流分析」という心理学の、「人生態度、人生の構え」という理論です。
「人生の構え」とは、自分が他者にどのような結論を下しているか、
という思考パターンで、4つのパターンがあります。、
それは、人生に対する基本的な態度であり、人生の立場でもあり、
人は、その自分の「基本的な構え(態度)」を、
生涯にわたって、立証(確かめ)しようとする(立証を繰り返す)、
という理論です。

 

人生態度のパターンは、以下の4つです。

1)「I am OK, You are OK.」
2)「I am not OK, You are OK.」
3)「I am OK, You are not OK.」
4)「I am not OK, You are not OK.」

「OKである」と、
愛されている、価値がある、優れている、賢い、楽しい、役立つ、
成功する、(肯定的)・・etc

「OKでない」と
愛されていない、価値がない、能力がない、劣る、バカ、
安心できない、間違っている、(否定的)・・etc

などの感覚が、自分や他者に対して、あります。

それぞれ、
1)「I am OK, You are OK.」は、協調、共存
2)「I am not OK, You are OK.」は、回避、孤独
3)「I am OK, You are not OK.」は、独善、排他、
4)「I am not OK, You are not OK.」は、拒絶、自閉
という自他の関係の傾向を持ちます。

「人生態度、人生の構え」は、おおよそ7才ぐらいに、
決断すると考えられています。
つまり、自分の思考力で吟味した結果として成立するものでなく、
思考力が発揮される前の人間環境による影響が大きい、
時期の、成立と考えられています。


1)の、「I am OK, You are OK.」の構えの場合は、
自分を受容され、他者との違いに許容ある環境で育まれた傾向があるようです。

2)の、「I am not OK, You are OK.」の構えは、
後悔や、心配、謙そんすると、親か自分を認めてくれると思えた場合が
ベースにある傾向があるようです。

3)の「I am OK, You are not OK.」の構えは、
イライラや、他者を攻撃、かんしゃくを起こすと、
親が自分の存在を認めてくれた体験がベースになる傾向があるようです。

4)の、「I am not OK, You are not OK.」の構えは、
見捨てられ感や人間尊重の扱いを感じなかった環境や体験が
ベースになる傾向があるようです。

「構え」や「態度」に「気づいて」、
自らの在り方を変えていくことも、可能です。
その場合は、おおむね、4)3)2)1)の順で変わって行く傾向があるようです。


「I am OK, You are OK.」の構えは、お互いに尊重し合うことが出来るので、
人間関係が楽になり、生きづらさを解消できます。
それ以外は、何らかの否定を常に抱えているために、
なんらかの生きづらさを持つ傾向がうかがえます。

交流分析(TA)理論の、構造分析(自我状態)からすると、
CP(Critical Parent きびしさ)の高さは、You are not OKの構えと関係が深く、
NP(Nurturing Parent 優しさ)の高さは、You are OKの構えとの関係が深く、
FC(Free Child 率直さ)の高さは、I am OK の構えとの関係が深く、
AC(Adapted Child 順応)の高さは、I am not OK の構えとの関係が深いようです。

交流分析心理学を詳しく知りたい方のために、
参考的なwebページをいくつかピックアックしておきます。

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はじめての交流分析・エゴグラムを詳しく解説

交流分析 - Wikipedia

交流分析とは?エゴグラムから人生脚本まで分かりやすく解説 | カウンセラーWEB:心理学・カウンセリングの基礎知識

TA交流分析


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私の場合は、
結構、変化している感じがします。

5年ほど前、いろいろイヤな思いが沢山重なってしまったときからしばらくは、
4)「I am not OK, You are not OK.」で、自閉傾向にあったと思いますし、
カウンセリング心理学や、交流分析を学んだ今は、
FC(Free Child 率直さ)とAC(Adapted Child 順応)の高さが入れ替わって、
3)の「I am OK, You are not OK.」に変化していると感じます。
あとは、NP(Nurturing Parent 優しさ)が今よりもちょっとわずかに高くなれば、
「You are OK.」に反転する状況です。


元々は、どんな構えだったかと振り返ると、
私の母親は、私に謙そんや服従を求めましたので、
傾向的は、「I am not OK, You are not OK.」が内在するリスクは高いと考えますが、
実際の環境は、親の仕事の関係で、ほぼ放任状態でもあったので、
FC(Free Child 率直さ)も高く、
生徒会や部長など、まとめ役なども頻繁にしていたので、
NP(Nurturing Parent 優しさ)も高かった傾向もあり、
結婚前は、友達も人付き合いも多かった経緯から、
「I am not OK, You are not OK.」になったのは、
友達も人付き合いが変化した頃、と、自己解釈出来ます。

一般的に、
I am not OK が、I am OK に、変化する過程で、
これまで出来なかった自己主張をする際に、
You are not OK、つまり、他者否定の行程を通過する過程が必要になります。
ので、経過点としての、You are not OK、も存在するので、
You are not OK、だって、大事な時期があります。

ただ、それが、固定してしまうと、
やっぱり、生きづらさが伴う事実は否めません。

いじめや他者批判などは、You are not OK の構えの典型のように思えます。
そう考えると、些細なことが敵視される、最近の息のつまりそうな、日本社会は、
You are not OK の構えの人が多いなぁ、
という印象も受けます。
という指摘すら、私のYou are not OK の構えから来る感覚なのかもしれませんが・・。

You are not OK、の根底は、
CP(Critical Parent きびしさ)の高さがあるために、
CPの傾向として、きびしさや、厳格さ、規律的、と同時に、
批判・批評強く、支配的な要素も強くあるため、
常に、怒りを抱える傾向も、あります。

常に怒りを抱えている状態は、心理的にも、脳科学的にも、生態的にも、
負荷のある性格傾向で、
人間関係(交流)的にも、ストレスが高い状態と言えます。

なんとか、自他を尊重できれば、楽になるのになぁ・・と
自他共に、思う今日この頃です。


優しさの不足、感じているのは私だけでしょうか?
優しくされたいし、優しくしたい、そう思うのは、私だけでしょうか?

 

ちょっと、お疲れでそんな風に思ってしまうのかなぁ?・・私。

あぁ、優しくされたいですね・・
みなさんは、いかがですか?。

インナーチャイルドファシリテータ的には、
自分自身を優しくいたわってあげて下さい・・
という、くくりになるところですが・・。