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黄月家K's weblog

考えすぎ? 黄月家Kの 思考いろいろ、ものづくり、カウンセリング心理学、時々庭、時々日記です。

否定的自動思考。庭の癒やしスイカ。

心理の色々 心理カウンセリング

あっという間に、9月になりました。
私の方は、作業部屋を引っ越したり、子どもの夏期休暇などもあり、
バタバタで、weblog、間、空いてしまいました(笑)。

うちの癒やしの庭で、スイカ育ちました!。7/29頃の写真、そろそろ食べ頃。

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手のひらサイズの可愛いスイカでしたが、味は、甘くておいしかったです!!!。
8/2頃、食べたときの写真。

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これは、台風一過の過ぎた夕暮れの空、8/22、18:32
一見くらいのですが、いつになくオレンジがとっても鮮やかで、美しく見えました。

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以前書きましたが、綺麗な空は、1日頑張った人へのご褒美なんて・・
あぁ、最近、空みれていませんでした・・。
ということは、ご褒美を受け取らずにいるのと同じでしたね・・

 

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さて、今日のお題は、「否定的自動思考」。

最近受けた、心理学カウンセラーの実践講座で出てきた言葉(言語)で、
なんか、妙に、納得したといいますか、
心に入ってきた、探し求めていた答えのような感覚のある言葉でしたので、
書いてみます。

意味は、否定的な思考を、吟味なく、自動的に自分に対して思ってしまう思考、
いわゆる、「否定的な想いグセ」のことでです。

たとえば、

「自分は、ダメな子」
「自分はどんくさい」
「自分はバカだ!」
「自分には、力がない・・出来ない」などなど、いろいろあると思います。

私にもあります。

「自分は嫌われている」とか・・「自分は変わっている」とか、

 

この、何の吟味のなく、自動的に否定的に評価してしまう思考は、
一見深そうですが、実は、浅い思考なんです・・って。

くり返し吟味を重ねてきたものと比べると、浅い幼稚な思考と言うことになります。

この、、「否定的自動思考」、つまり、「悪い想いグセ」が、
ウツや、諸々の心身的な、苦痛を作り出しているもののベースだと
知ったので、なるほど、といいいますか、
自分が、知りたかった、ウツからの回復の方法の具体的な道が、
見えた気がして、私の中の、最近のヒットワードになっています。

私自身も12年ほど前に、2年ほどウツを煩いまして、
その後、病院のお世話になってはいませんが、なんとなく、
心から、楽しさを感じられない日々を長く過ごして来まして、
真にウツから脱する、良い方法が解らずに、なんとなく今に至っていたので、
なんか、「否定的自動思考」を変える行動療法の話をきいて、
まだ続いているうす暗い心に光が見えた気がしました。

 

「否定的自動思考」とは、「悪い想いグセ」で、
「認知の歪み」な、訳ですが、
なぜ、「否定的自動思考」を持ってしまったかというと、大抵の場合、

子供の頃、思考が発達する前から、誰かに言われた言葉を
そのまま受け取ってしまって自己の中で習性化したり、

共依存関係(上下のある関係)で、
関係上の症状で、否定的コントロールとして、そういった言葉をくり返し
言われていたなどが原因です。

交流分析という心理学でいうところの、人生脚本だったり、

アダルトチルドレンで理論で言うところの、思考や吟味段階以前に身につけた
悪い意味での、役割的概念だったり、

その辺りの理論と、大枠で同じです。

親や他人が自分に言った否定的な言葉は、本当に絶対ですか?

 

逆に、「肯定的自動思考」を持っている場合もあると思いますが、
肯定的で前向きな自動思考の場合は、自分を否定せず、嫌悪せず、
逆に、力付けてつれるものであれば、心身的な苦痛な症状の原因にならないので、
問題ない、変える必要はないこととなりますね。

さて、

深く考えもしないで、否定的な思い、みなさんは、持っていますか?
いくつ気がつきますか?

もし、一つでも、思いあたったら、
まず、吟味してみることも、手です。
本当に、そうなのか?その裏付けは、どこにあるのか?。

 

私の、現在の否定的自動思考、で思い当たる
「自分は嫌われている」と・・「自分は変わっている」は、

思い返すと、数年前に、ママ友に言われた、
「あなたは、嫌われている」「あなたは変わっている、理解出来ない」という、
言葉そのままでした。
(ベースは、似たような内容の母からの否定的ストロークがあるのも確かです。)

ショックでした。
そのまま、私の心に入り込んで、ここ数年ママ友と話すことが出来なくなりました。

言葉の影響力ってスゴイですね。

その時は、どの辺がそう思うのか?聴いたり、冷静に受け答えしてましたし、
その方が、どても感情的になっていたのも解っていたし、
自分は冷静であろうと努めて、いましたし・・
でも、その言葉がショックで、自分の中で反復されて、
どうやら自動化していたみたいです。
自分、弱っていたと感じます。

今から思えば、たった一人の癇癪的な言葉に、
そこまで影響を受ける必要はないのに・・、
人の輪に入れなくなって、何を苦しんできたのだろうと・・。

こう思うと、自分が、心が弱いと、相手のせいにしてしまったり、
相手を悪者にしてしまう要素もありますね。

自分は、自分。
他人の影響はほどほどに(笑)。
それが、実は、他人のためにもなります。

 

では、せっかくなので、私の否定的自動思考を変えていきましょう。

「私は、あの人に嫌われているかもしれんませんが、それが何か?
そこには経緯と理由があります。私は冷静でした。それが嫌だったのかな?」

「私は、確かにあの人の癇癪や怒鳴りなどの否定的コントロール的行動に、乗らずに、勤めました。共依存的思考からすると、脅しに屈しない私は確かに変わっているように思えるでしょうし、理解出来ないでしょうね」

はい、ちょっと、吟味しなおしてみました。
第一歩です。

アドラー心理学で、よく言いますが、「嫌われる勇気」といいますか、
自分のアイデンティティーを確立することは、
自分で吟味して、その結論に責任を持つという重みの積み重ね・・なのでしょう。

アドラー心理学、最近本を読んでいるのですが、
私にあってるみたいで、心が前向きなれます。

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今日もちょっと、入り込んで、長くなりました。

どうぞ、自分らしい9月をお過ごしください!。