ココロド_黄月家K's weblog

考えすぎ? ココロド_心理カウンセラー_黄月家Kの 思考いろいろ、ものづくり、カウンセリング心理学、時々庭、時々日記です。

紋白蝶。随筆_「感情」がキーなんだって

七夕、東京多摩地方はあいにくの空模様でしたが、
願いごとは書きましたか?
え?私の願いごと?、ふっふっふっ(笑)、内緒です!。

頂いた野菜についていたアオムシを、育ててみましたら、
サナギになりまして、

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二週間ぐらい経った朝に羽化しましたら、モンシロチョウさんでした。
なにげに、黄金のオーラを感じます(笑)。きれいです。

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外に放ちました。蝶って、羽がお日様で暖まらないと羽ばたけないんでしたか?

しばらく・・植木にとまっていました。

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昼には、いなくなっていました。
羽ばたいたね!。きっと。

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今、カウンセリング心理学を勉強しているのですが、

心理カウンセリングでは、どうやら、
気持ち(感情)が、次のステップへのキーになるようです。


私の見解では

実社会では、おそらく、
感情よりも、理論や思考が必要な社会だと思われます。
多くの方と社会的関係を協調して(上手くやる)ためには、
それぞれのまちまちな主観で物事を捉えるより、
概念を定義して論理的に展開した方が、
説得力があり、多くの理解が可能で、利にかなっていて、
平等的で、合理的だからだと思われます。

なので、人に説明をする論文や報告書は、
個人の主観を抜いた客観的な論理を求められますし、
客観的論理を展開するよう訓練します。
私も、研究所のお仕事の時は、そのように文作を訓練した経緯があります。

対して「感情」とは、
「感情的な人間」といえば、
ちょっと昔は、情に厚い人という印象もあったようにも思いますが、
近頃では、感情制御が出来ないような印象もあったり、
客観視出来ない人みたいな印象もあったり、
「感受性が豊か」といえば、
ちょっと昔は、気持ちを察することが出来て優しい人という印象もありましたが、
近頃では、神経質で、難しい人みたいな印象もあったり、

偏見的かもしれませんが、
今の日本社会では合理性重視の傾向を感じます。
主観主張者より、客観論理者の方が、賢い印象があることも否めません。
「感情」軽視みたいな感覚でしょうか?

だけど、実際、
心豊かに生きてゆく場面では、
芸術や、音楽や、美術や、
心の領域で感じたりすることで、自分を救ったり、
自分を変えたり、成長させたり、
自分を表現したり、他人を理解したり、
心で包まれたり、心を包んだり、
心に寄り添ったりしている世界がある訳です。
気持ち「感情」は、適切に扱えば、意外とすばらしいものだったりする訳です。

心理カウンセリングでは、
合理性重視の今の社会とは
全く逆の価値観が存在している
というのが、私の今日の気づきです。
「感情」は、実は本物のカケラです。

まず、自己実現に向けて必要なことは、
自分を知るということ、
その上で、自分の活かし方を考察出来るようになり、
さらに、自分に応じた目標を設定できるようになり、
自己実現に歩むことが出来るようになる
と、今のところ、私は捉えています。

この最初の「自分を知る」という作業には、
自分の論理を知る以前に、
それが本当に本物の(心の伴った)自分の論理であるかどうか、
を確認する作業が必要なのだと思います。
その自己確認のキーが、気持ち(感情)な訳です。
なぜなら、人は、頭では論理を理解しても、
自分の心をだませない種の生物だからかもしれません。
そこに、矛盾があれば、やがて歪みが
いろんな問題として出てくるのではないでしょうか?

主観と客観、感情と思考、心と頭、という、一対の、
相対するものを持ち合わせた矛盾内在生物ともいいましょうか
それが、人間なのだと私は思うわけです。

そして、今の現代社会に感じるには、
多くの人間が、自分の感情を押し込めているということ、
その結果、感情の適切な扱いを知らない(習得していない)ということ、
多くの人が、本当の自分に気づいていないということ。
そして、
多くの人が、他人の気持ちを推し量るだけの感情経験を有していないということ。
もちろん、私もその一人です(笑)。

だから、まず、自分の気持ちを知りましょう。
そのために、自分の心に耳を寄せましょう。
と言う訳です。そのために、
セルフカウンセリングや、心理カウンセリングという技法があるのだと思います。

世の中は、結果指向になってしまっていて、
何かにつけ、結果を評価されるご時世だと感じる昨今ですが、
もちろん、結果は大事ですが、
心が伴ってない結果に、何の意味があるのでしょう?

基礎が出来ていない上積みの家のように、
何かの拍子で壊れて当然の状態という訳です。

これ、私のこれまでの価値観でいうところの、
本物か偽物かを、気持ちが伴っているか否かで感じていたことは、
全く、そういうことなのだと・・。
心や気持ちに着目して来た私の価値観は、
間違いではなかったと、思えた訳です。

ただ、偽物という概念は、ちょっと違ったのかもしれません。
本物になる可能性も内在している訳ですから。
これは、自己反省を含む今日の気づきです(笑)。
言い換えれば、未統合?、この表現も的確ですが気持ちは良くないですね。
更に言い換えれば、仮状態、とか、トライアルとか・・。
昔の言葉で言えば、青二才?
あ・・・ドツボにはまりそうです(涙)、すみません。

ってな感じで、まだまだ、内観続きます。

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まだもう少し、梅雨が続きそうですが、
どうぞ、良き7月のはじまりをお過ごしください。